東日本大震災10年

「高い所へ逃げる」忘れず ハード整備で油断 犠牲も /岩手

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
東日本大震災で被災した岩手県大槌町吉里吉里2丁目。昭和の三陸地震後に住民が高台移転してきた場所だった=2011年3月18日、同町提供
東日本大震災で被災した岩手県大槌町吉里吉里2丁目。昭和の三陸地震後に住民が高台移転してきた場所だった=2011年3月18日、同町提供

 県内では過去の津波被害を教訓に整備したインフラや、低地に家を建てないよう警告する石碑が東日本大震災で人々を助けた。一方で、宮古市田老地区では巨大防潮堤の存在が避難を妨げたとされ、大槌町吉里吉里地区ではかつて津波で被災し、高台へ移転した住民ら約50人が避難せず犠牲となった。住民は「どんなにハード整備が進んでも『高い所へ逃げる』気持ちは忘れてはいけない」と訴える。

 対策や伝承が行われ、普代村では被害を教訓に高さ15・5メートルの「普代水門」を整備。震災では村での犠牲を行方不明1人に抑えた。明治と昭和の三陸地震で壊滅した宮古市重茂では「此処(ここ)より下に家を建てるな」という石碑が住民に津波への警鐘を鳴らし、震災での住宅被害はなかった。

この記事は有料記事です。

残り754文字(全文1074文字)

あわせて読みたい

注目の特集