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オーケストラ変革の半世紀 ベートーヴェン生誕200年から

ベートーヴェン生誕200年から250年、日本のオーケストラはこの半世紀で大きく変貌しました。当時と今をさまざまな視点で描きます。

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オーケストラ変革の半世紀 ベートーヴェン生誕200年から

様変わりしたティンパニ奏法 ゾンダーマンがもたらしたその契機

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ゾンダーマン氏と久保氏、右奥はドレスデン州立歌劇場(ゼンパーオーパー)=久保氏提供
ゾンダーマン氏と久保氏、右奥はドレスデン州立歌劇場(ゼンパーオーパー)=久保氏提供

 ベートーヴェン生誕200年(1970年)からの50年間でオーケストラ演奏における変化についてスポットを当てるシリーズの第2回はティンパニがテーマ。この楽器の演奏法も50年前と今とでは大きく様変わりした。日本でその役割の重要性を広く聴衆に示し多くの楽団が変わっていくきっかけとなったのは、1988年からNHK交響楽団がゲスト首席奏者の形で招へいした元シュターツカペレ・ドレスデンの名手ペーター・ゾンターマン氏の驚異の演奏であった。同氏から直接薫陶を受けたN響首席ティンパニ奏者の久保昌一氏の証言を交えて振り返る。

 ティンパニは打楽器であると同時にオケの低音を支える重要な役割を担うハーモニー楽器でもあった。当時、ゾンダーマン氏が加わったN響の演奏を聴いた筆者の感想である。従来のイメージを覆すそのサウンドはすぐに同氏に取材を申し込んだほど驚かされるものであった。最初に聴いた時はアクションも含めて控え目にすら感じたのだが、よく耳を澄ませてみると必要以上に自己主張せずに、オケ全体に自然に溶け込んでハーモニーを豊かにしていることが分かった。まさに〝ドイツのオケのような深みのあるサウンド〟であり、これは当時の日本のオケではなかなか聴くことができないものであった。さらに曲想が変わるポイントではシャープに決めてオケ全体を引っ張っていく存在感。まさに〝第2の指揮者〟の風格であった。

1989年12月、ゾンダーマン氏(左中ほど)が客演したN響の「第9」公演。指揮は若杉弘=写真提供:NHK交響楽団
1989年12月、ゾンダーマン氏(左中ほど)が客演したN響の「第9」公演。指揮は若杉弘=写真提供:NHK交響楽団

 1980年代から90年代前半の日本のオケではティンパニ・打楽器奏者の大半が米国式の教育を受け、ほとんどの楽団で米国製の楽器を使用していた。マレット(バチ)で打つヘッドと呼ばれる鼓面はドイツでは子牛の皮を張るのに対して米国ではプラスチックがほとんどであった。音の輪郭はクッキリするもののマレットがヘッドに当たる衝撃音も多分に混じっており、ゾンダーマン氏のようにオケ全体に溶け込むということはなかった。

 久保氏によると「戦後しばらくは、楽器などいろいろなものは米国からしか入ってこなくなりました。1964年生まれの私が物心ついた時ですら周囲は米国の楽器がほとんどでした。N響はドイツ系の指揮者が多かったこともあり、かろうじてドイツのティンパニを使っているのを知っていましたが、ほかは米国の楽器を使うオーケストラが多かったのです。音色という点では全然違っていたと思います」。その後も米国スタイルが主流の状況が続いていた日本のオーケストラ界に、ゾンダーマン氏がまったく異質のティンパニの役割を示したことは大きな注目を集めた。

 久保氏は言う。「ゾンダーマン先生に関して最も強く印象に残っていることは音色です。オーケストラ全体のサウンドを変えてしまうほどの音。もちろんハーモニーを支えているという面もあるのですが、それだけではなく正確な音程、よい音色なのでハーモニーに溶け込むのです。溶け込んでいるのにクリアに聴こえる。音程が正しくて、よい音ということがオーケストラにとっていかに大切かを日本のオケの中で最初に示した方と個人的には考えています」

N響首席ティンパニ奏者、久保昌一氏 拡大
N響首席ティンパニ奏者、久保昌一氏

 ところでゾンダーマン氏はN響にドイツ製のティンパニがあったにもかかわらず英国製でプラスチック・ヘッドの楽器を使用していたことを不思議に思い、取材時筆者は本人に尋ねている。その答えは「N響にあるドイツ製のティンパニは米国式の配置をするために、(音程を変える)ペダルが逆に装着されていたため使いにくかったから」というものであった。米国のオケではティンパニを鍵盤楽器と同じく左側に口径の大きい低音用、右側に口径の小さな高音用の楽器をセットする。ドイツではその逆で左に高音用、右に低音用を配置するのだという(現在、N響のティンパニはドイツ式配置をするようにペダルが装着されている)。それでもゾンダーマン氏は本皮のヘッドのような音を出していたのだ。「本物の皮とプラスチックではその音色はかなり違います。本皮の方が表現の幅が広く、音色に深みがあるのでオケの音によりなじみやすい。ところがゾンターマン先生がすごいのはプラスチックでも本物の皮のような音を出してしまうことです。これは誰にでもできることではありません。先生が長年、本皮のヘッドで演奏していたからこそ可能なことなのです」と久保氏。

 N響関係者らの話を総合するとゾンターマン氏の招へいは名誉指揮者であったオットマール・スウィトナーによる「シュターツカペレ・ドレスデンを引退する名手がいるのでN響で演奏してもらっては」との推薦がきっかけだったという。ヘルベルト・プロムシュテットら他の名誉指揮者からもティンパニの重要性を指摘する声があっていたこともあり88年に実現した。

東京滞在中のゾンダーマン夫妻と久保氏 拡大
東京滞在中のゾンダーマン夫妻と久保氏

 同氏の来演によってN響の他のセクションからも「N響全体が先生の音を体験したことで、(ティンパニ奏者に対して)ああいう音を出してほしい、ああいう音でオーケストラを作っていこうよ、という機運が高まった」と久保氏は振り返る。

 ゾンダーマン氏が最初にN響に来演した時、久保氏はドイツに留学中(当時、ベルリン・フィル首席のオズワルト・フォーグラー氏らに師事)で、90年に帰国しN響の研究員的な立場となりゾンターマン氏に直接指導を受けた。いわばゾンダーマン氏の精神を今のN響に引き継いでいるのである。その後、N響のティンパニ・打楽器セクションは徐々にドイツ・スタイルに転換。今では奏法はもちろん、本皮を張ったティンパニをドイツ式に配置し、柄を竹で作ったマレット(バチのこと、米国は木製が多い)を主に使うなど完全なドイツ型となっている。もうひとりの首席奏者・植松透氏もドイツ・スタイル。ベルリンに留学し、ベルリン・フィル首席奏者だったライナー・ゼーガース氏の指導を受けた。

 N響にリードされるように他の楽団でも次第にドイツ式への転換が進み、現在では主要なプロ・オケのほとんどが本皮ヘッドを使用している。さまざまな事情で楽器配置こそドイツ・スタイルを取っていないものの、ドイツ式の教育を受けたプレイヤーも多い。ちなみに80年代後半、在京の主要オケ9団体で本皮ヘッドを使っていたのは新日本フィルと東京都交響楽団だけであった。ゾンダーマン氏の〝驚異の音〟が日本のオーケストラ界におけるティンパニの演奏スタイルに大きな変化をもたらすきっかけとなったことは間違いないだろう。

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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