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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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漂流の果て

元経産官僚が語る、東電を破綻させなかった理由 原発事故10年

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北川慎介氏=東京都千代田区の三井物産で2021年1月29日午後3時29分、藤渕志保撮影
北川慎介氏=東京都千代田区の三井物産で2021年1月29日午後3時29分、藤渕志保撮影

 東京電力福島第1原発事故から2カ月後、政府の資金援助を受けて東電が被災者に賠償を進める枠組みが構築された。震災直後から内閣官房で原子力損害賠償支援機構法(現在の原子力損害賠償・廃炉等支援機構法=原賠機構法)の制定に関わった元経済産業省官僚の北川慎介氏(62)に、賠償スキームの検討過程や東電の破綻処理の是非について聞いた。

 ――2011年4月、東京電力の損害賠償や経営支援について検討する「原子力発電所事故による経済被害対応室」が新設され、室長に任命されました。

賠償できるか否か

 ◆チームの仕事は、損害賠償の仕組みと、誰にいくら支払うかの基準を作ることだった。もともと原子力事業者の賠償責任を定めた「原子力損害賠償法(原賠法)」があるが、「異常に巨大な天災地変」が原因の場合は電力会社が免責になるという例外規定は適用しない方針が既に決まっていた。かといって巨額の賠償を負う東電が破綻したら、賠償自体ができなくなる。免責はない前提で賠償をしなければならない。11年5月20日の東電決算までに方針を発表するため、連休中も官邸に詰めて、枝野幸男官房長官(当時)ら閣僚と検討を続けた。

 結果として成立したのが原子力損害賠償支援機構法だ。さらに、被害者には一定の基準を設けて賠償し、基準を上回る補償が必要な場合は裁判外紛争解決手続き(ADR)や裁判で請求できる仕組みにした。東電がつぶれるかどうかではなく、賠償できるか否かが大事だった。

 ――当時の原賠機構を通じた公的資金の投入で東電は経営破綻を免れましたが、法的整理を求…

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