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安保詠んだ歌人・岸上大作 恋と革命に懸けた人生 姫路で回顧展

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20歳の岸上大作。眼鏡の左レンズのひびは、1960年6月15日のデモで負傷した際のもの=姫路文学館提供
20歳の岸上大作。眼鏡の左レンズのひびは、1960年6月15日のデモで負傷した際のもの=姫路文学館提供

 恋と革命に生きた歌人、岸上大作。1960年、日本が安保闘争に揺れた政治の季節に、失恋の痛手と運動の挫折を味わい、21歳の若さで自ら命を絶った。<ぼくの生涯はすべて待っていた。何かを>。絶筆のノートにそう書き残した岸上の、短くも色濃い人生をたどる回顧展が、姫路文学館(兵庫県姫路市)で開催中だ。小学校時代からの日記や手紙など無数の言葉を通して、戦後日本の混乱期を生き急いだ若者の姿に迫る。

 

 どこか神経質そうな面持ちの青年が白黒の画面に収まっている。岸上の生前最後の写真。眼鏡の左レンズに入ったひびは、デモで負傷した際のものらしい。60年6月15日。安保条約改定反対の学生らが国会に突入し、東大生の樺美智子さんが亡くなったあのデモの渦中に20歳の岸上はいた。

 <血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする>(「黙禱」)

 現場の生々しい体験を詠んだこの歌は、彼の代名詞のように昭和の短歌史に刻まれている。「岸上はいわゆる活動家ではなく、大勢の学生の一人として自分の中の恋心やロマンチシズムと一緒に安保闘争を詠んだ」と同館の竹廣裕子学芸員。一人の女性への思いと運動の熱気が高まり、交差したその瞬間、生まれた革命歌だ。

政治少年の苦悩と孤独

 岸上は39年、姫路に隣接する兵庫県福崎町に生まれた。戦争で父を亡くし、女手一つで働く母の労苦を間近に見ながら育ち、新しい社会を夢見て東京の国学院大へ進学。傾倒していた太宰治の影響を多分に受けながら、<全てが、無意味>などと生きる苦悩を深め、創作にいそしんだ。本展は、幼少期から培われてきた文章力と社会へのまなざしを時系列にたどる。

 たとえば日本が主権を回復した52年の元日、小学6年の冬休みの日記は<独立日本の朝だ。昭和二十七年こそ日本の最良の年だと思う>と始まる。中学生になると、<戦犯送還を機にソ連と講和を>と題した文章を新聞に投稿するなど政治少年ぶりがうかがえる。同時に、恋に悩む歌や俳句もしたためるようになった…

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