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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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地震予測の舞台裏

南海トラフの発生確率を巡って紛糾した「重大な問題」とは /1

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記者会見で南海トラフの長期評価を公表する地震調査委員会の本蔵義守委員長(当時、中央)=東京都内で2013年5月24日午後5時3分、渡辺諒撮影
記者会見で南海トラフの長期評価を公表する地震調査委員会の本蔵義守委員長(当時、中央)=東京都内で2013年5月24日午後5時3分、渡辺諒撮影

 地震の専門家にとっても「想定外」だった東日本大震災から、まもなく10年が経過します。「地震学の今」から見えてきたのは、新型コロナウイルス感染症への対応と同様に「科学をどう政策にいかすか」という問題でした。情報公開請求で得られた公文書や関係者たちの証言を基に、地震学の進展や現場でのひずみを以下の三つのテーマで描きます。

 ▽国は、南海トラフ地震だけ発生確率を「特別扱い」していました。その背景にあった「科学」と「政策」のせめぎ合いに迫ります(6~8日掲載予定)。

 ▽地震学者は東日本大震災を「想定外だった」と悔やみました。その結果、生まれた「最大級の被害想定」が、ジレンマを引き起こしていました(13、14日掲載予定)。

 ▽地震予知体制は、国策として進められてきました。それを担い、そして断念することを決断した官僚や地震学者たちの軌跡を追います(20、21日掲載予定)。

「切迫性が高い」緊張した面持ちで公表された発生確率

 「今のコロナと同じ構図だった」。一部の地震学者たちがそう振り返る出来事が、8年前の2013年5月24日にあった。

 国の地震調査研究推進本部・地震調査委員会がこの日、記者会見を開き、南海トラフでマグニチュード(M)8~9クラスの地震が30年以内に「60~70%」で起きるという「長期評価」を公表した。「切迫性はかなり高いものがある。今後の地震、津波対策を着実に推進し、防災、減災に努めてほしい」。会見に臨んだ本蔵義守委員長(当時)=東工大名誉教授=は、やや緊張した面持ちでそう強調した。

 南海トラフは、静岡県沖の駿河湾から宮崎県沖の日向灘まで延びる溝状の海底地形だ。日本列島のある陸側のプレートの下に、海側のプレートが沈み込んでおり、二つのプレートの境界にはひずみが蓄積されている。歴史的には、約100~200年の間隔で蓄積されたひずみを解放する大地震が発生しており、近年では昭和東南海地震(1944年)、昭和南海地震(46年)が起きている。

 地震調査研究推進本部は、95年の阪神大震災からおよそ半年後にできた政府の特別機関だ。当時、地震の調査・研究を防災に生かす体制になっていなかったという反省から誕生した。地震本部は、地震学者が中心となって科学的な立場から研究結果を収集し評価する「地震調査委員会」と、防災の研究者らが地震研究の政策立案をする「政策委員会」で構成される。それぞれの委員会の下には、より専門的な議論を進める部会や分科会がぶらさがっている。

 地震調査委員会の役割の一つが、将来の地震を予測する長期評価だ。南海トラフに関係する地震については東日本大震災前まで、「東海」「東南海」「南海」の3領域に分けて発生確率を出していた。しかし大震災後に過去の地震を改めて調べると、地震の起きる場所や規模などが毎回異なっており、次にどのような地震が起きるか特定できない、と改めて判断。3領域を含む南海トラフ全体で評価する方針に変え、発生確率の見直しに入った。

 実質的に議論したのは、調査委の下部にある「海溝型分科会」だった。大震災の約3カ月後から会合を始めたものの、議論は見込みより1年以上も長引き、「60~70%」が公表されたときには大震災から2年あまりたっていた。それでもこの予測結果は、「次の巨大地震」はやはり南海トラフだと印象づけるには十分なものだった。

地震学者が問題視、別のモデルを使うと……

 しかしこの日の会見は、分科会の議論が長引く一因となった「ある重要な問題点」にほとんど触れられていなかった。それは、多くの地震学者…

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【東日本大震災】

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