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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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ストア派の哲学者エピクテトスは…

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 ストア派の哲学者エピクテトスは古代オリンピックの観客に問いかけている。「灼(しゃく)熱(ねつ)が君らを焼きはしないか。水浴はちゃんとできるか。ぎゅうぎゅうに混んでいないか。喧噪(けんそう)と絶叫が君らを悩ましはしないか」▲要するに観客は猛暑にさらされ、水不足で水浴もできず、ひどい人混みの中で大声や騒音に悩まされたのである。だがエピクテトスは、それらの途方もない苦労もオリンピックを目の当たりにすることで喜んで耐えられると記すのだ▲ギリシャ全土や地中海沿岸、アジア、アフリカの植民地から集まる観客は数万に及んだという。多くの人々はテントで野営し、水不足で衛生状態は劣悪、競技場は密で大声が飛び交うという――今聞けばなんとも恐ろしい観戦だった▲2020東京五輪・パラリンピックの海外からの観客受け入れが見送られる公算が大きくなった。国内外のコロナ感染状況を考えれば、あと何カ月かで世界各地からおびただしい数の観客を迎え入れるのは無理というのが常識だろう▲57年前、初めて日本が世界中のお客を迎えた東京五輪の感動を知る世代には何ともさみしい。スポーツを軸に多様な世界が交歓する五輪の理想に照らし、大会の意義を問う声もあろう。だが開催をめざす限りは避けられない決断である▲今後も国内の観客制限や選手らの受け入れ策はじめ、開催実現までに越えるべきハードルは多い。コロナ禍のリスクを封じる途方もない苦労に値する五輪の輝きは、果たして国民の心によみがえるのか。

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