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東京二期会オペラ劇場 ワーグナー「タンホイザー」

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二期会オペラ「タンホイザー」 写真提供:公益財団法人東京二期会 (C)Lasp Inc.
二期会オペラ「タンホイザー」 写真提供:公益財団法人東京二期会 (C)Lasp Inc.

 久しぶりに出かけた二期会の公演だったが期待を超える〝収穫〟があった。日本のワグネリアンには「トーキョー・リング」でおなじみのキース・ウォーナー原演出によるワーグナーの「タンホイザー」。フランス国立ラン歌劇場でプレミエされたプロダクションで、今回はいわゆるウィーン版(主催者はパリ版と表記)をベースに第2幕などでは多くの登場人物が歌を披露するドレスデン版を一部採用する〝良いとこ取り〟による上演であった。取材したのは最終日の21日、芹澤佳通(タンホイザー)、清水勇磨(ヴォルフラム)、竹多倫子(エリーザベト)、池田香織(ヴェーヌス)らのキャストによる公演。

(宮嶋 極)

【演出について】

 舞台は大きな転換はなく、椅子などの小道具や照明を変えることで高級ナイトクラブのようなヴェーヌスベルク、ヴァルトブルク城の大広間(歌人の殿堂)などを表わしていた。舞台上方からは天へと続くらせん状のはしごのような構造物が下がっており、これは開演前に緞帳(どんちょう)に投影されていたことから、演出のカギとなるものであることが分かる。(ウォーナーはトーキョー・リングでも同様の手法で演出意図を示唆していた)

 以前、ウォーナーにインタビューした時にワーグナー作品において音楽・歌唱と演技を結び付けることの重要性を説いていたが、その考えはこの舞台にも通じていた。例えば第2幕の歌合戦の場面。ヴェーヌスベルクの旋律(後にライトモティーフに発展するもの)とともにバルコニーにヴェーヌスが姿を現し歌合戦の展開を見守る。ヴェーヌスを演じた池田香織はヴォルフラムらの歌には退屈そうな仕草や表情を見せ、逆にタンホイザーが「ヴェーヌスをたたえる歌」を披露すると喜びを爆発させる。ヴェーヌスの登場は台本にはないのだが、歌や音楽に演者を連動させることを重要視するウォーナーならではの手法といえよう。

 ラストはエリーザベトが自ら死を選び(筆者には絞首刑台に上ったように映った)、彼女の亡霊が例のらせん状の構造物を伝って逆さまに降りてきて、タンホイザーを天に救い上げようとする。2人が手を伸ばしたその指先が交差する前に幕となる。果たしてタンホイザーは救われたのかどうか。観(み)る者に疑問を投げかける幕切れもウォーナーらしい。ただ、逆さ釣りで降りてくるエリーザベトの亡霊はオカルト的すぎて少し引いてしまった。

今回の演出のカギとなるらせん状の構造物(中央)。新国立劇場の「トーキョー・リング」を手がけたキース・ウォーナーが演出を担った 写真提供:公益財団法人東京二期会 (C)Lasp Inc.
今回の演出のカギとなるらせん状の構造物(中央)。新国立劇場の「トーキョー・リング」を手がけたキース・ウォーナーが演出を担った 写真提供:公益財団法人東京二期会 (C)Lasp Inc.

【歌手について】

 歌手陣では新国立劇場の「ニーベルングの指環」(飯守泰次郎指揮、ゲッツ・フリードリヒ原演出)でも好評価を得た池田が豊かな声量を駆使して安定した歌唱と前述したように演出意図に沿う細やかな演技を披露し存在感を示した。エリーザベト役の竹多倫子は二期会初登場、イタリアで研さんを積んだ期待の星である。声は強くワーグナー作品にも十分対応できる実力の持ち主であることが分かる。第3幕では繊細な表情付けに研究の余地があるようにも感じたがこれは好みの問題かもしれない。

 題名役は芹澤佳通。ヘルデン・テノールとは性格が少し異なるものの伸びのある声で朗々とした歌唱を披露。池田と同じくオケの演奏に呼応した動きを随所に見せ、演技にも心を砕いていた。一方、ヴォルフラムの清水勇磨はこの役の従来のイメージとは大きく異なる印象。堂々たる体格で20世紀初めの軍服のような衣装だったこともあり、まるで西郷隆盛のような立派な押し出しがエリーザベトに密かに思いを寄せる控えめな騎士とはイメージが少し違うように映る。強いヴォルフラム像を描き出すことが狙いであれば、それはそれでよいのだが…。とはいえ歌手陣全体としては穴がなく、水準を十分に満たす歌唱と演技であった。

池田香織(奥・ヴェーヌス)、芹澤佳通(中央・タンホイザー)ほか、水準を満たす歌唱と演技で魅了した歌手陣 写真提供:公益財団法人東京二期会 (C)Lasp Inc.
池田香織(奥・ヴェーヌス)、芹澤佳通(中央・タンホイザー)ほか、水準を満たす歌唱と演技で魅了した歌手陣 写真提供:公益財団法人東京二期会 (C)Lasp Inc.

【ヴァイグレと読響】

 今回の公演成功の最大の立役者は指揮のセバスティアン・ヴァイグレと読売日本交響楽団であったことに異論を差し挟む人はいないはすだ。ピットの中をのぞくと10・8・7・6・4というワーグナーを演奏するには小さめの弦楽器編成。打楽器の一部とハープは舞台袖に配置されておりピット内の3密を回避する措置と見られる。ただ、ヨーロッパの古い歌劇場ではピットが小さいためこうした弦楽器編成は普通である。

 音量面で過不足を感じることは一切なく、各場面に応じた独唱、合唱、オケ間の音量バランスの調整は驚くべき精度で行われていた。響きは精妙で序曲の「巡礼の旋律」から息をのむほどの美しさ。後のライトモティーフに相当する重要旋律を効果的に浮かび上がらせ、歌手の呼吸に配慮しながら緩急をつけていく。筆者の席は7列目のやや下手寄りでヴァイグレの指揮ぶりがよく見える位置であったが、彼の作品に対する理解と共感、それをオケのメンバーや舞台上に伝えて実際の音にする確信に満ちたコントロールは見事であった。指揮は当初、バイロイトの常連であるアクセル・コーバーが予定されていたが、緊急事態宣言の再発出などで来日が不可能となり、昨年12月に来日し読響と共演を続けていたヴァイグレが滞在を延長して急きょピットに入った。筆者はバイロイトでも両者の指揮を体験しているが、今の読響にはヴァイグレの音作りの方がマッチしており、それが好結果に結び付いたように思う。(常任指揮者なのだから当たり前のことであるが)

 かつて日本の劇場で国内オケがピットに入ったワーグナー作品の上演において、ここまでの演奏が行われたことはないと感じたくらいの充実した音楽であった。この感想を裏付けるかのようにカーテンコールではヴァイグレが誰よりも大きな喝采を集めていた。

公演データ

【東京二期会オペラ劇場 ワーグナー 「タンホイザー」】

2月17日(水)17:00、18日(木)14:00、20日(土)14:00、21日(日)14:00、東京文化会館大ホール

ワーグナー:歌劇「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」(全3幕ドイツ語上演、日本語字幕付き)

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ

原演出:キース・ウォーナー

演出補:ドロテア・キルシュバウム

装置:ボリス・クドルチカ

衣裳:カスパー・グラーナー

照明:ジョン・ビショップ

映像:ミコワイ・モレンダ

合唱指揮:三澤洋史

演出助手:島田彌六

舞台監督:幸泉浩司

公演監督:佐々木 典子

[17・20日/18・21日]

ヘルマン:狩野 賢一/長谷川 顯

タンホイザー:片寄純也/芹澤佳通

ヴォルフラム:大沼 徹/清水勇磨

ヴァルター:大川信之/高野二郎

ビーテロルフ:友清 崇/近藤 圭

ハインリヒ:菅野 敦/高柳 圭

ラインマル:河野鉄平/金子慧一

エリーザベト:田崎尚美/竹多倫子

ヴェーヌス:板波利加/池田香織

牧童:吉田桃子/牧野元美

4人の小姓:横森由衣、金治久美子、実川裕紀、長田惟子(全日)

合唱:二期会合唱団

管弦楽:読売日本交響楽団

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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