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#やまゆり園事件は終わったか~福祉を問う

植松聖死刑囚の死刑判決が確定した相模原障害者殺傷事件。日本の障害福祉政策の問題点と、解決の道筋を探ります。

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#やまゆり園事件は終わったか~福祉を問う

「むしろ楽な仕事だ」という植松死刑囚 その介護の実態とは

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平野和己さんの個人記録=森田剛史撮影
平野和己さんの個人記録=森田剛史撮影

 19人の入所者を殺害した津久井やまゆり園(相模原市)の元職員、植松聖死刑囚は事件後、園での仕事について「むしろ楽な仕事だ」と語っている。その言葉をうのみにはできないが、こうした感想が出てくる背景が気になった。元入所者の平野和己(かずき)さん(30)を訪ねて、両親や専門家から園での生活を詳しく聞き、記録を調べると、「むしろ楽」と言われても仕方のない介護の実態が浮かび上がってきた。【上東麻子/統合デジタル取材センター】

 横浜市にある廃プラスチックをリサイクルする作業所。屋根の高い、広い作業場で、十数人がスーパーから運ばれてきた発泡スチロール容器のラベルをはがし、次の工程に運ぶ作業をしていた。平野さんも手袋をはめた手でカッターを使い、真剣な表情で丁寧に一つ一つラベルをはがしている。比較的障害の重い人たちが働く作業所(就労継続支援B型)だが、なごやかな雰囲気の中でも作業はスピード感があり、福祉というよりは「職場」の雰囲気に近かった。

 和己さんは2歳で熱性けいれんを起こして病院に運ばれた。原因は不明だが、1カ月後に退院した時には歩くことも話すこともできなくなっていた。重い知的障害があり、津久井やまゆり園には24歳で入所し約4年過ごした。障害の重さを示す支援区分は一番上の「6」だ。事件から2年後、津久井やまゆり園を退所し、別の法人が運営する横浜市のグループホームに移った。地域移行である。

 現在、この法人が運営する入所施設で暮らしながら、週5日、朝9時半から午後5時まで働き、月に数千円の工賃を得ている。断片的だが言葉を話し、慣れた職員との意思疎通はスムーズに見える。昼食の時も時折、「おいしい」「これなに?」と隣に座った職員に穏やかに話しかけながら、箸を上手に使い完食していた。

日中活動の記録、週1~3回だけ

 和己さんの父・泰史さん(69)と母・由香美さん(61)によると、やまゆり園にいる時、和己さんは生活介護(日中活動)を受けていた。日中活動とは、障害者総合支援法に基づくサービス。そのうち生活介護では利用者は介護を受けながら創作活動や生産活動をするが、内容の充実度は施設によって大きく異なる。

 ほぼ隔週で週末に息子に会いに行っていたが、平日の行動は分からない。事件後の2017年末に園から支援記録を取り寄せて驚いた。

 週5回あると説明されていた日中活動が、週1~3回ほどしか行われていなかった。個人記録を見せてもらうと、2014年7月は、平日22日のうち午前も午後も日中活動があったのは3日、午前か午後にあったのは6日。残り13日は日中活動の記載はない。時間も1時間程度と短い。

 2015年1月は和己さんが園にいた平日19日中、午前も午後も活動があったのは0回、午前か午後にあったのは5回だ。16日間は日中活動がなく、「テレビを見て過ごす」「ゲームをして過ごす」と記されていることが多い。翌年は日中活動の回数は増えている。事件が起きた2016年7月は事件前日までの平日16日間は午前・午後とも活動が記されているのは9日、午前・午後いずれかは7日(うち1日は「起床が遅くグループ活動不参加」と記載)。しかし、活動内容は「ドライブ」がほとんどだ。

 泰史さんは職員に理由を尋ねたが、「職員が足りず、予算もないから毎日はできない。…

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