特集

東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

特集一覧

「復興なき復旧」 震災10年の日本経済 地方疲弊、克服できず

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
2013年1月、政権奪還後に設置した日本経済再生本部の事務局に看板を掛ける安倍首相(右)と甘利明経済再生担当相(いずれも肩書は当時)=東京都千代田区
2013年1月、政権奪還後に設置した日本経済再生本部の事務局に看板を掛ける安倍首相(右)と甘利明経済再生担当相(いずれも肩書は当時)=東京都千代田区

 2011年3月の東日本大震災の発生当時、日本経済は被災地復興にとどまらない多くの課題や矛盾に直面していた。この10年で克服できたのか。主な指標と識者の見方を基に検証した。

 東北は「コメを江戸に送り、明治維新後は兵隊を送った。戦後は若い労働力を東京に送り、実は電気も送っていた」。

 11年4月、政府の復興構想会議の初会合。宮城県出身で元ソニー社長の中鉢良治氏(73)は東京電力福島第1原発事故の苦難にも触れ、東北は「後背地」で「片務的な役割」を負わされてきたと表現。日本全体のモデルに変革し、東京一極集中を是正するよう訴えた。

 技術者の中鉢氏が唱えたのは「技術革新を伴う復興」。しかし今、目に映るのは「復興なき復旧」だ。防潮堤などのインフラが整った半面、産業再興は道半ば。労働生産性向上や人材育成といった根本的な課題が「被災地、地方に表れている」と語る。

 元岩手県知事の増田寛也氏(69)も被災地を地方疲弊の“映し鏡”と捉え、事態は深刻化したとみる。日本創成会議座長として14年にまとめた報告書で、存続の厳しい「消滅可能性都市」は全国で896だった。だが15年の国勢調査に基づくと927に増えたと明かす。

 処方箋は中鉢氏と同じだ。人工知能(AI)などの技術やデジタル化で事業を芽生えさせる。ただし「若い人が地元にいないといけない」。人口減、とりわけ15~64歳の生産年齢人口の落ち込みが壁として立ちはだかる。

   ◇  

 超円高、高い税負担や電気料金、自由貿易協定の遅れ……。10年前、日本企業は「6重苦」を訴えていた。特に円相場は11年10月、1ドル=75円32銭の戦後最高値を付けた。

 流れを変えたのは…

この記事は有料記事です。

残り1708文字(全文2411文字)

【東日本大震災】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

注目の特集