特集

東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

特集一覧

津波で父亡くしたJリーガー「きっと見てくれる、僕の行く道を」

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
シーズン開幕へ調整するJ3沼津の菅井=静岡県沼津市で2021年2月18日午前10時18分、福田智沙撮影
シーズン開幕へ調整するJ3沼津の菅井=静岡県沼津市で2021年2月18日午前10時18分、福田智沙撮影

 津波に父を奪われ、心が折れそうな時は「父が見ていたら恥ずかしくないか」と自らを律し、猛練習の末にJリーガーになった。J3アスルクラロ沼津の主将で仙台市出身のMF菅井拓也(29)は東日本大震災から10年、遺族として、サッカー選手として進む道を自問自答し、こう考えている。「今生きている誰かのために生きよう。父はきっと見てくれる。だから、僕は行く」

 J3は14日に開幕し、沼津は20日の今治戦が初戦となる。開幕を前に菅井は「サッカーをやっていればいいではなく、地域、クラブのためにやりたい。そう考えて行動できるようになった10年間だった。震災を経験したからこそ、いろいろなことを伝えたい」と語る。

 震災当日、仙台大1年だった菅井は宮城県柴田町の同大で練習後、サッカー部の部室で突き上げるような揺れに襲われた。母久美子さん(56)とは携帯電話で連絡を取れたが、交通網が寸断されて帰宅できず、電気がつかなくなった部室でベンチコートや毛布で体を温めて一晩過ごした。

 翌朝、双子の弟で同じサッカー部員だった慎也さん(29)やチームメートと自転車で仙台市太白区の実家に向かった。道路脇の田んぼに海水が流れ込み、流された車や木、がれきを目にした。約3時間かけて戻り、久美子さんら家族と再会した。水道設備の仕事をしていた父勝己さん(当時46歳)の姿はなかったが、久美子さんには軽い気持ちで「そのうち帰ってくるんじゃないか」と言った。

 1週間後、同県利府町の遺体安置所に向か…

この記事は有料記事です。

残り1075文字(全文1703文字)

【東日本大震災】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

注目の特集