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大震災10年 福島の再生 ともに歩む決意を新たに

 10年前のきょう、私たちが経験したのは人類史上例のない複合災害だった。

 東日本大震災による東京電力福島第1原発事故で、福島の人たちは故郷を離れざるをえなかった。今も県内外で3万5000人以上が避難生活を強いられている。

 放射能汚染の除去が進められ、避難指示は順次解除されたが、住民の帰還は十分には進んでいない。自治体による格差も目立つ。

 避難生活が長引く中で、生活基盤が地元から移ったことが影響している。

 政府の対応が住民の不安を増幅させているという事情もある。

 政府は帰還困難区域の全域で避難指示を解除すると表明しているが、除染の方針が示されていない地域が多い。いつ、どのような形で解除されるかは明らかになっていない。

進まない故郷への帰還

 最長40年かかるとされた原発の廃炉作業が、あと30年で終えられる見通しもたっていない。

 溶け落ちた核燃料の取り出しは今年中に始まる予定だったが、1年程度延期となった。

 汚染処理水をためる約1000基のタンクは2022年度末には満杯となる。にもかかわらず、どう処分するかは決まっていない。

 それらの課題について早期に道筋を示すことが大前提だ。

 帰還の進まない自治体があり、政府は新しい住民の移住促進に施策の重点を置くことにした。新年度から、原発周辺の12市町村に移住する人に対して最大200万円を支給する事業を始める。

 人口を増やして、まちのにぎわいを取り戻そうという計画だ。

 だが、それだけで福島の再生は可能だろうか。

 全村避難となった葛尾村は、震災前の人口が約1500人の小さな村だ。

 これまでも、移住者を含め村内で自宅を建てた住民に祝い金を贈るなどの取り組みをしてきた。現在の居住者は431人で、うち避難指示解除後の転入者が104人と、4人に1人を占める。

 移住促進にかかわる葛尾むらづくり公社の米谷(まいや)量平さん(34)は、自身も2年前に村へ移住した。地元新聞社の記者として担当していた村の復興にかかわりたいと思ったからだ。

 米谷さんは、村の基幹産業である農業の技術を「村の財産」と言う。移住者ら若い世代に伝える機会をつくり、伝統をつなぐことが大事だと考えている。

 「移住者をただ増やすことが目的だとは思っていない。できれば村の将来を一緒に考えてくれる人に来てほしい」と話す。

 国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」も、地元の住民や企業の意向をどのように反映させていくのかが問われている。

 構想は、ロボット開発や再生可能エネルギーなど、最先端の産業や技術の拠点をつくろうという国の福島復興策の柱ではある。

 だが、地元の人の関心は薄い。自分の仕事や生活との関わりが見えてこないからだ。

欠かせぬ人のつながり

 新たな人や産業を呼び込んでも、新旧の住民が一緒になってまちの再生に取り組む仕組みがなければ、震災前とは断絶した全く別のまちになりかねない。

 福島に住んでいなくても地域の将来を考えている人たちがいる。

 富岡町の今里雅之さん(74)は、原発事故で娘が住む横浜市へ妻とともに避難した。

 しばらくは近所付き合いもなく、孤立感にさいなまれた。

 支援団体と相談して6年前、神奈川を中心とする避難者の会をつくった。約100人の同じ境遇の人たちと交流し、「たまっていたものを吐き出せて、気持ちが楽になった」という。

 会の仲間らと地元の小中学校の校歌の合唱を練習し、福島を訪れて地域の祭りで披露した。

 動物に荒らされ放題だった自宅は取り壊した。だが、「今後も地域の伝統や文化の継承に関わっていきたい」と思っている。

 こうした人たちは全国に散らばっている。離れていても、地域のつながりを維持するうえで、大きな役割を果たすことができる。

 再生への道はこれからも続く。

 原発事故は、地方に負担を強いる大都市のあり方にも疑問を投げかけた。これは福島だけの問題ではない。住民とともに歩み続ける決意を新たにしたい。

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