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常夏通信

その85 戦没者遺骨の戦後史(31) 厚労省・遺骨取り違え事件始末記

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「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」で献花する元抑留者ら。厚生労働省の取り違えにより、外国人の遺骨が「日本人」として納められていたことが分かった=東京都千代田区の国立千鳥ケ淵戦没者墓苑で2019年8月23日、栗原俊雄撮影
「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」で献花する元抑留者ら。厚生労働省の取り違えにより、外国人の遺骨が「日本人」として納められていたことが分かった=東京都千代田区の国立千鳥ケ淵戦没者墓苑で2019年8月23日、栗原俊雄撮影

 「ああ、厚生労働省の担当者はシベリア抑留の概略でさえ分かっていないんだな。それとも、分かっていないふりをしたのかな」。「日本人でない遺骨が収容された可能性が指摘された後の対応に関する調査チーム報告書」(2019年12月23日発表)を読み進めるにつれ、私はそう思った。

「日本人ではない」との指摘を無視

 同年夏、NHKの特ダネにより、厚労省がロシア・シベリアで「日本人」として収容し日本に移した遺骨が、実は外国人のものであったことが明らかになった。弁護士など5人からなる調査班が3カ月、のべ37人の厚労省職員らへの聞き取りを行い、まとめたものだ。その結果、戦没者遺骨のDNA鑑定が始まった03年以後、鑑定に当たった専門家が「日本人ではない可能性がある」とたびたび指摘していたが、厚労省は事実上これを無視していたことが分かった。

 例えば、12年6月に開かれた鑑定人会議だ。報告書によれば、鑑定に当たった委員が極東ハバロフスク地方で収容されたおよそ130人分のうち、18の遺骨は「女性と思われ」、かつ日本人ではない可能性も指摘した。さらに同会議の座長は「本当に日本人の埋葬地の遺骨を取っているのかどうか不安がある旨述べた。さらに、ロシア人の遺骨を持ってきておいてよいのか、これをロシアに返す必要があるのか、という趣旨の発言をした」。

異常に多い女性の遺骨

 シベリア抑留で亡くなった人たちの遺骨を収容している厚労省としては、「女性18人」というこの指摘に反応すべきだった。

 「8月ジャーナリズム」=戦争報道を一年中やっている常夏記者こと私は、抑留について07年から取材をしている。当初、私の抑留についての知識は「日本人60万人くらいが抑留されて、6万人くらいが亡くなった」程度のものだった。

 抑留に限らず、新聞記者が専門的な事案を取材する際、まずその道の玄人を探す。私もそうした。しかしアカデミズムで抑留を専門としている人は、その時点では一人も見つからなかった。抑留経験者ら在野の研究者に取材を重ねていくうちに、多少の知識がついた。たとえば日本人抑留者およそ60万人に、女性が含まれていたことは当事者の回顧などから確実である。しかし、現在までに確認されている人数は全体の1%に満たない。

 一新聞記者である私が知っていることだ。厚労省ならば、当然把握できるだろう。とすれば、「130分の18が女性」というデータの特異性が分かるはずだ。病院跡地であれば、確かに日本人の女性看護師がいたかもしれない。しかし、18体の遺骨すべてが日本人であるとは限らない。DNA鑑定の専門家が抱いた「本当に日本人なのか?」という疑念は、科学に裏打ちされた鋭い指摘であった。そして、厚労省が取り返しのつかない間違いを最小限にとどめる好機でもあった。

その場しのぎの説明

 報告書によれば、厚労省の担当である外事室長の答えはおおむね以下の通りだ。

 「埋葬地自体は合っている。試掘や現地調査を3回程度行っている。ロシア人墓地と重なっているような場所では、鑑定人が頭の骨でモンゴロイドと判断して持ち帰っている。また埋葬地の名簿には女性のような名前がある。病院埋葬地なので、日本人の女性がいた可能性もある」

 納得できない鑑定人側は、なおも食い下がった。12年10月の鑑定人会議では、座長が「ほとんど日本人ではないのではないか。埋葬地の場…

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