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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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「原発銀座」に廃炉の波 震災10年経て「第2の安全神話」懸念

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東京電力福島第1原発事故を受けて敦賀原発2号機の設備を視察する県原子力安全専門委員会の中川英之委員長(当時、右から2人目)ら=2011年3月14日、安藤大介撮影
東京電力福島第1原発事故を受けて敦賀原発2号機の設備を視察する県原子力安全専門委員会の中川英之委員長(当時、右から2人目)ら=2011年3月14日、安藤大介撮影

 炉心溶融(メルトダウン)を伴う東京電力福島第1原発事故を引き起こした、2011年3月11日の東日本大震災。原発の「安全神話」は崩れ、かつて15基(研究炉含む)の原子炉が並び「原発銀座」と呼ばれた福井県内もこの10年で様変わりした。

 福島事故では、巨大津波に襲われて、全電源を喪失。冷却機能を失った1~3号機は炉心溶融を起こし、水素爆発で大量の放射性物質が大気中に放出された。事故後、12年に発足した原子力規制委員会のもと、全国の原発は津波・地震対策が強化され、炉心損傷などを想定した過酷事故対策も義務化。その結果、県内に訪れたのが「廃炉の波」だった。

 1970年の大阪万博に「原子の灯」を届けた日本原子力発電敦賀原発1号機は、15年4月に廃炉となった。背景には老朽化に加えて出力規模が小さく、多額の安全対策費用を考えると、採算が取れないとの判断があった。一方、2号機は安全審査を申請したが、建屋直下に活断層があると指摘され、審査は現在も続く。3、4号機の増設計画も宙に浮き、建設予定地は一時、関西電力の資機材置き場になっていた。

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