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東京へ ともに歩む

毎日新聞

2019年世界選手権の開幕を前に記者会見する橋岡優輝(中央)。手前は城山正太郎、奥は津波響樹=カタール・ドーハで2019年9月25日、久保玲撮影

Passion

陸上・橋岡優輝、両親おんぶスクワットで鍛錬 親子の絶妙な距離感

 陸上の元有名選手を両親に持ち、「陸上界のサラブレッド」と呼ばれる男子走り幅跳びの橋岡優輝(22)=日大。2019年世界選手権でこの種目日本勢初の8位入賞を果たし、今夏の東京オリンピックではメダルを視野に入れる。成長の一因には「絶妙な親子の距離感」があった。

 新型コロナウイルスが感染拡大した昨春、国内外の大会が相次いで中止・延期に追い込まれ、東京五輪も延期となった。政府の緊急事態宣言が発令され、橋岡も日大のグラウンドが使えないなど練習に支障が出た。自宅などで練習を継続した中で行ったのが、両親をおんぶしてのスクワットだった。「最初に母、次に父と重りを変えるように乗ってもらった」。足腰の鍛錬は、親子の良い距離感を表すエピソードとなった。

2019年世界選手権男子走り幅跳びで、橋岡優輝の跳躍。この大会で8位入賞を果たした=カタール・ドーハで2019年9月27日、久保玲撮影

 埼玉県出身。父・利行さんは日本選手権で7回優勝した棒高跳びの元日本記録保持者、母・直美さん(旧姓・城島)は100メートル障害などの元日本記録保持者だ。橋岡も日大1年時の17年日本選手権で初優勝を飾ると、18年はU20(20歳未満)世界選手権で金メダルを獲得した。19年は日本歴代2位の8メートル32を跳び、世界選手権ドーハ大会も8位入賞と世界の強豪の仲間入りを果たした。「両親から一番受け継いだもの」と語る故障しにくい体と、助走スピードをそのままロングジャンプにつなげる踏み切りのうまさが特長だ。

 ただ、意外にも幼少期は陸上が身近な存在ではなかったという。実家に両親のトロフィーや賞状がなく、両親が陸上をしていた話も家庭内でクローズアップされたことはなかった。本格的に陸上の道に進んだのは中学入学後だが、両親に勧められたわけではない。野球やサッカーは小学生時代に始める子が多いため、「中学から始めても遅れをとらない競技」として陸上を選んだ。

 両親からは昔も今も練習内容などについて、強く口出しされることはない。「もっとこうした方がいいとか、普通は親ながらの目線があると思う。でも、うちは強要がなかった」。偉大な両親がいてもプレッシャーにならず、伸び伸びと競技を継続できた。高校3年時には3冠(全国高校総体、国体、日本ジュニア選手権)を達成するなど早くから頭角を現した。

 一方で、放任主義というわけでもなかった。直美さんは選手時代に栄養士から教わった知識を生かし、バランスのいい食事作りでサポートした。「豆類やキノコ類などいろいろ取った方がいいのではと言ってくれたり、体調を崩しやすい僕に乳酸菌飲料をよく買ってきてくれた」。利行さんは試合に足を運び、跳躍を後で見返せるようにビデオカメラを回した。元選手だからこそ、アスリートがどうサポートしてほしいか“ツボ”が分かっているのだろう。「試合前に不安になると『全然大丈夫だよ』と声をかけてくれる。元選手だから説得力があるし、すごく支えてもらっている」と感謝する。

 かつて陸上界で「橋岡」と言えば利行さんたちの印象が強かった。「僕の活躍で橋岡イコール優輝という形になってきた。橋岡イコールサラブレッドじゃねえぞというのは徐々に証明できている」。自身の活躍こそが最大の親孝行になる。

 今春、陸上の強豪・富士通に入社する。社会人になっても大学時代と同様、実家から練習拠点の日大に通う。「東京五輪は、僕にとって大きな分岐点になる。メダル獲得を最低目標に、それに向けたトレーニングを積み重ねていけたら」。最強のバックアップとともに、さらなる飛躍を目指す。【新井隆一】

新井隆一

毎日新聞大阪本社運動部。1977年、東京都生まれ。2001年入社。大阪運動部、松山支局、姫路支局相生通信部を経て、07年秋から大阪、東京運動部で勤務。リオデジャネイロ五輪、陸上世界選手権(モスクワ、北京、ロンドン)、ラグビーワールドカップ(W杯)ニュージーランド大会などを取材。高校野球の監督経験もある。