東日本大震災10年

節目にしてはならぬ=福島支局長・西川拓

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東日本大震災から10年を迎え、完成した石巻南浜津波復興祈念公園の慰霊碑を訪れた夫婦。兄やおいが行方不明で、親族の他に、顔なじみの近所の人や友人も犠牲になった。「もっと生きたかったよね。10年たっても悔しい」と語った=宮城県石巻市で11日午後4時51分、佐々木順一撮影
東日本大震災から10年を迎え、完成した石巻南浜津波復興祈念公園の慰霊碑を訪れた夫婦。兄やおいが行方不明で、親族の他に、顔なじみの近所の人や友人も犠牲になった。「もっと生きたかったよね。10年たっても悔しい」と語った=宮城県石巻市で11日午後4時51分、佐々木順一撮影

 「復興は着実に進んでいる」。11日、これが最後かもしれないという政府主催の追悼式で、菅義偉首相は繰り返した。「着実」という言葉に違和感を覚えた。

 東日本大震災・東京電力福島第1原発事故から10年、第1期の復興・創生期間が3月末で終わる。だが4万人以上が今も避難生活を続けている。被災地を見渡すと、「東北の復興なくして日本の再生なし」という政権のスローガンは空疎に響く。

 2012年秋、第1原発を取材した。水素爆発の痕跡が生々しかった構内もさることながら、原発に向かうバスから見た光景が忘れられない。津波を免れた国道沿いの店には商品が並んでいるのに、一切の人影が消えていた。遠目に一面の黄金色の稲穂と見えたのは、田畑を覆いつくした雑草の黄色い花だった。

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