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東京へ ともに歩む

毎日新聞

ジャパンオープン女子400メートル個人メドレー決勝を制した大橋悠依=東京アクアティクスセンターで2021年2月5日、梅村直承撮影

Passion

「爆発させたい」と競泳・大橋悠依 「遅咲き」から「真」の女王へ

 あと一歩で出場を逃した5年前とは立場も意気込みも違う。競泳女子の大橋悠依(イトマン東進)。東京オリンピック代表選考会を兼ねた4月の日本選手権で初の代表を狙うとは思えないほど、落ち着いていた。

     「前回の代表選考会の時は、五輪に行けるとかいう立場ではなかった。今回は、しっかり五輪本番を想定してレースをしていくことが大事」

     3月4、5日に行われた競泳の東京都シニア(東京辰巳国際水泳場)。選考会前最後の大会で、大橋は4種目に出場した。個人メドレーで200メートル(2分7秒91)と400メートル(4分30秒82)の日本記録を持つが、東京都シニアではメドレーへの出場は見送った。メドレーの4泳法である自由形、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの200メートルに出場。いずれも優勝はなかったものの、各種目のレースを集中して泳ぐことで「自分の種目」である個人メドレーにつなげる狙いがあった。

    ジャパンオープン女子200メートル個人メドレー決勝を制した大橋悠依の平泳ぎ=東京アクアティクスセンターで2021年2月6日、宮間俊樹撮影

     「これまで泳ぎがうまくいかない部分があって悩んでいたが、そこがクリアできるようになってきた。それぞれの種目で良かったと思う」「自由形の決勝は朝からだったので、東京オリンピックの朝決勝を想定して体を動かした」。本番を意識したコメントが次々に飛び出した。

     東洋大に入ったころ、大橋は貧血やけがに苦しみ、満足に練習できない時期を過ごした。高校生で代表入りすることも珍しくない女子の世界で、大橋が代表入りしたのは大学4年生になってから。食事面を改善するなどして体調面の不安がなくなった。2017年4月の日本選手権で、200メートル、400メートルの個人メドレーで2冠に輝くと、7月の世界選手権では200メートル個人メドレーで銀メダルを獲得。東京五輪のメダル有力候補へ一気に名乗りを上げた。

     6歳から水泳を始め、小学3年で初出場した春季ジュニアオリンピックの50メートル背泳ぎは152位。現在の自らの立ち位置を「当時からは考えられない。自分の努力次第だと思う」と振り返る。

     昨年12月の日本選手権は、直前にブダペストで開催されたチーム対抗の国際大会(ISL)での疲労が抜けきらず、コンディション不良で欠場した。日本選手権に次ぐ規模の今年2月のジャパンオープンは、個人メドレー2種目で東京五輪派遣標準記録を突破して2冠を達成し、周囲の懸念を払拭(ふっしょく)してみせた。

     自らの性格を「心配性」と語る大橋。大会後はすぐに高地合宿で最後の追い込みに入った。「派遣標準には正直、余裕があるので、普段通りのことをやれば切れると思っている。(日本選手権の)予選はレース内容を重視して、決勝でしっかり(力を)爆発させたい」。「遅咲きの女王」から「真の女王」へ。大舞台への準備に余念はない。【倉沢仁志】

    倉沢仁志

    毎日新聞東京本社運動部。1987年、長野県生まれ。2010年入社。高知、和歌山両支局を経て17年から東京運動部。レスリング、重量挙げなどを担当。高校時代には重量挙げで全国高校総体に出場したが、階級で10キロ以上軽い三宅宏実選手の記録には遠く及ばない。