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「なかったこと」にさせない 福島から自主避難 森松明希子さん=大阪市 /大阪

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自宅で長女の明愛さん(右)の塾のノートを見る森松明希子さん。左は長男の明暁さん。子供たちの成長が避難生活の長さと重なる=大阪市城東区で、久保玲撮影
自宅で長女の明愛さん(右)の塾のノートを見る森松明希子さん。左は長男の明暁さん。子供たちの成長が避難生活の長さと重なる=大阪市城東区で、久保玲撮影

 今日からちょうど10年前の3月14日、東京電力福島第1原発3号機が水素爆発した。東日本大震災の翌日12日には1号機が、15日には4号機も爆発した。

 福島県郡山市に家族4人で住んでいた森松明希子さん(47)は2カ月後の2011年5月、勤務医の夫(51)を残し、当時3歳の長男と生後7カ月の長女を連れて出身地に近い大阪市内に避難した。

 郡山市の自宅は原発から約60キロ離れ、政府が指定した避難指示区域には該当せず、「自主避難」として扱われた。「とどまっている人も大勢いるのにヒステリーだ」「お金もらってるんでしょ」「放射脳」。幼い子供のために少しでも被ばくを避けたいと悩んだ末の決断だったがバッシングにさらされた。

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