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第103回全国高校野球選手権

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でっかい夢・’21センバツ大崎

/上 野球部OB会長・浦口敏海さん プレーで新しい歴史を /長崎

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笑顔で大崎ナインへの期待を語る浦口さん 拡大
笑顔で大崎ナインへの期待を語る浦口さん

 19日に阪神甲子園球場で開幕する第93回選抜高校野球大会(毎日新聞社など主催)。県勢の大崎は21日に福大大濠(福岡)と対戦する。初戦を前に、チームを支え、応援してきた人たちの思いを紹介する。初回は1973~74年に主将としてチームを率いた大崎野球部OB会長で漁師の浦口敏海(としみ)さん(63)=西海市。【聞き手・中山敦貴】

 ――浦口さんが大崎に入学した1972年は大島炭鉱閉山の2年後だ

 旧大島東中2年の時に大島炭鉱が閉山し、同級生の半数近くが次々と島外に転校していった。大崎野球部は、炭鉱の全盛期にはたくさんの部員でにぎわったそうだが、私の学年は8人しかおらず、寂しかった。

 ――野球部時代の思い出は

 サッカー部、陸上部と校庭を分け合って練習していたので、打球が他の部の方に飛んでいかないよう1年生が見張っていた。監督は野球経験がなかったので、練習メニューを考えるのが主将の役目だった。最後の夏は長崎大会の2回戦で海星に負けて引退した。

 ――その後、大崎は不振が続いた

大崎野球部時代の浦口さん(中央) 拡大
大崎野球部時代の浦口さん(中央)

 地元の有力選手は強豪校に進学するので、ある程度仕方ないと思っていた。だが、生徒数が減り、野球部も学校自体も存続が危ぶまれる中、「このままでいいのか」という思いは常にあった。99年に大島と本土を結ぶ大島大橋が開通し、佐世保など本土の高校を選ぶ生徒が増えた一方で、本土から大崎に来る生徒は少なかった。

 ――2018年に清水央彦(あきひこ)監督を迎え、大崎は一変した

 野球をするために有望選手が大島に渡ってくるというのは、自分の世代からすれば信じられない光景だ。野球部の快進撃が続くにつれ、地元住民の間で大崎の話題がたびたび上るようになった。大崎の名前は、大島と(隣の)崎戸島の頭文字から取っているが、今の大崎には文字通り、二つの島の住民を一つにする力がある。

 58年ぶりに出場した19年秋の九州大会では、大島の人も崎戸の人も、高齢者も若者もスタンドで心を一つに応援する姿が感動的だった。

 ――大崎の躍進で変わったことは

 大島の出身者から野球部OB会に連絡が来るようになった。センバツに出場する選手たちを甲子園で応援したいという連絡も多くあった。OB会員は現在70人程度だが、これから増えていくのではないか。炭鉱閉山で島外に引っ越して以来、何十年も会えなかった中学時代の同級生らとも、甲子園のアルプスで再会する予定だ。

 ――甲子園では後輩たちにどんなプレーを期待するか

 結果は後からついてくる。優勝を意識しすぎず、のびのびとプレーしてほしい。新しい大崎の歴史の始まりを印象付ける、力強いプレーを見せてほしい。

〔長崎版〕

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