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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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聖火リレー「ありのまま伝える」 福島・浪江 震災の「影」発信

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東京オリンピックの聖火リレーで浪江町を走る渡辺聖子さん。同町のスタート地点には建物が解体されて手つかずの更地が広がっている=福島県浪江町で2021年3月19日午後5時24分、川崎桂吾撮影 拡大
東京オリンピックの聖火リレーで浪江町を走る渡辺聖子さん。同町のスタート地点には建物が解体されて手つかずの更地が広がっている=福島県浪江町で2021年3月19日午後5時24分、川崎桂吾撮影

 東京オリンピックの聖火リレーが25日に福島県から始まる。サッカー施設「Jヴィレッジ」(楢葉町、広野町)を出発し、約1万人のランナーが121日間の日程で全国47都道府県を巡る。昨年末にルート変更があった浪江町では、原発事故の影響で閉校になる小学校からスタートする。復興をアピールする場所が大半を占める中、震災の「影」も映し出すルートは異色だ。聖火に込められた住民の思いを追った。【川崎桂吾】

浪江町の聖火リレーのルート 拡大
浪江町の聖火リレーのルート

 「多くの町民にとって愛着がある場所なので、やっぱり、さみしいですよね」。3月19日、浪江町を走る聖火ランナーの渡辺聖子(しょうこ)さん(45)の案内で町の中心部にある浪江小学校を訪れた。2011年3月の東京電力福島第1原発事故以来、この校舎には児童が戻らないまま4月に閉校になる。校舎も解体される見通しだ。

 町の聖火リレーはこの場所を出発し、国道沿いに整備された「道の駅なみえ」までの800メートルを3人の走者でつなぐ。道の駅は住民にとって復興のシンボルとなっている。町職員として津波被災者の救護にあたり、その後も復興に携わってきた渡辺さんは「もう住めないと言われていた町が、ここまで元気になったことを多くの人に見てもらいたい」と話す。

 ルートをたどると、そこかしこに空き地が広がっているのが目についた。全町避難を強いられた浪江町では、17年3月に一部地域での避難指示が解除されたが、居住人口は登録人口の1割(約1500人)にとどまっている。老朽化した建物の解体が進む一方で、住民の帰還が追いついていない現状が浮かぶ。

 道すがら声をかけた60代の夫婦も、いわき市で避難生活を続ける人たちだった。「戻りたいとは思うが、大きな病院がないことが不安」。この日は墓参りで来たが、町内の自宅は既に取り壊したという。浪江町を走るルートは、長引く避難生活の影響と復興の困難さを物語っている。

 福島県の聖火リレーを巡っては、「復興のいい面ばかりが切り取られている」との指摘がつきまとっていた。25日のグランドスタートは「Jヴィレッジ」。原発が立地する大熊町では復興住宅と新設された役場を回り、双葉町では昨春に営業を再開したJR常磐線双葉駅前を走る。ルート上からは廃炉作業が進む原発や帰還困難区域の現状は見通せない。

 浪江町でも昨年の段階では、国主導で整備された「福島ロボットテストフィールド」と「福島水素エネルギー研究フィールド」をつなぐ予定だった。復興の「光」の部分に絞ったルートだ。しかし、コロナ禍による大会延期を受けた昨年の夏、町は県の実行委員会に対し、町中心部へのルート変更を要望した。

 町教育委員会によると、中心部から3キロ以上離れていた当初のルートでは、観覧希望者をバスで輸送する必要があり、車内で「3密」が発生するリスクがあった。また、延期された聖火リレーの時期に、道の駅の全面オープンや浪江小学校の閉校が重なったこともルート変更の理由になった。教育委員会事務局の柴野一志・教育次長は「特段、負の側面を見せようと思ったり、物語性を意識したりしたわけではないが、避難中の町民に見てもらいたい場所をつなげた結果、今回のルートになった」と振り返る。

 地元では新型コロナウイルスの感染拡大を心配し、聖火リレーのスタートを危ぶむ声も根強い。ただ聖火ランナーの一人で、福島市に避難中の片寄貴昭さん(50)は「町に帰るたび、10年たってもここまでか、と思う一方で、10年でここまで来たか、とも思う。聖火を通じて、被災地のありのままの姿を伝えられれば」と話す。

 五輪の聖火が被災地と人々の思いを照らす。

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