北京五輪を前に有力候補が引退 終着点を「今」に決めた理由

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世界選手権を終えて笑顔を見せる吉田圭伸(後列左から2人目)。代表メンバーの宮沢大志(同3人目)、宇田崇二(同4人目)、馬場直人(前列左)や以前日本チームのワックスを担当していた外国人スタッフと記念撮影した=ドイツ・オーベルストドルフで2021年3月7日、本人提供
世界選手権を終えて笑顔を見せる吉田圭伸(後列左から2人目)。代表メンバーの宮沢大志(同3人目)、宇田崇二(同4人目)、馬場直人(前列左)や以前日本チームのワックスを担当していた外国人スタッフと記念撮影した=ドイツ・オーベルストドルフで2021年3月7日、本人提供

 世界一を争う過酷なレースを終えたアスリートから、1通のメッセージが届いた。「今日のレースをもって現役を引退しました」。北京冬季五輪まで1年を切り、代表選出が有力視されながら、なぜ一線を退くのか。幹部自衛官であり、ブロガーでもある選手は終着点を求めて葛藤し、運命をジャンケンに委ねた夜さえあった。決断の理由を追った。

 ドイツ南部オーベルストドルフ。ノルディックスキーの世界選手権最終日となった3月7日、極限の持久力が試されるクロスカントリー(距離)の男子50キロクラシカルで34歳の吉田圭伸(けいしん)は後半、一時は1桁順位に浮上するなど粘りを見せ、日本勢トップの23位となった。力は出し切ったが、本当は別の終わり方を考えていた。

小さな村から世界へ

 「何であっち側にいないのか」――。2018年2月、平昌五輪の閉会式会場の外で一人、涙を流していた。距離は北欧では数万人が観戦する人気競技で、五輪のフィナーレを飾る50キロの表彰は閉会式で行われる。そこで金メダルを掲げて引退することが目標だった。結果は21位。06年から参戦したワールドカップ(W杯)の最高成績は6位で、世界選手権は12位がベスト。頂点は厳しいと分かってはいたものの、悔しさがあふれた。

 吉田が生まれ育った北海道の音威子府(おといねっぷ)村は道内の市町村では最も人口が少ない656人(2月末現在)。地元のおといねっぷ美術工芸高3年だった05年3月、世界ジュニア選手権で吉田は後の五輪金メダリスト、ペッテル・ノールトゥグ(ノルウェー)に次ぐ銀メダルを獲得し、将来を嘱望された。自身の上にいたスキー界の英雄に五輪の50キロで勝つ。そう思い描いてきた。中大では伸び悩んだものの、社会人で着実に力を付けた。10年バンクーバー五輪は日本代表の選考から漏れたが、その後、長距離種目で日本のエースになった。

 「気持ちがいいほど、よく話す」。12年12月、初めて吉田を取材した時の印象だ。初対面でも壁を作らず、そして熱…

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