宗猛さん「非常にさみしい」 福岡国際マラソン、12月で終了

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
1979年の福岡国際マラソン大会で最後までトップを争った(左から)2位の宗茂さんと3位の宗猛さん=福岡・平和台陸上競技場で 拡大
1979年の福岡国際マラソン大会で最後までトップを争った(左から)2位の宗茂さんと3位の宗猛さん=福岡・平和台陸上競技場で

 数々の名レースを生んだ福岡国際マラソンが2021年12月の大会を最後に幕を下ろすことが26日、発表された。双子の兄茂さんとともに出場を重ね、日本のマラソン界をリードしてきた宗猛さん(68)=旭化成陸上部総監督=は取材に「その年の世界一を決める大会だっただけに、非常にさみしいです」と語った。

1979年の福岡国際マラソンでデッドヒートを繰り広げた(左から)1位の瀬古利彦さん、2位の宗茂さん、3位の宗猛さん 拡大
1979年の福岡国際マラソンでデッドヒートを繰り広げた(左から)1位の瀬古利彦さん、2位の宗茂さん、3位の宗猛さん

 猛さんが最も印象に残っているのは、モスクワ五輪の選考会を兼ねた1979年の大会という。瀬古利彦さんと宗兄弟が激しくトップを争った末、3人は観客で埋まった平和台陸上競技場に滑り込んだ。「あの頃は熱狂的なファンが多くて、歓声に背中を押された感じでね。あの中で走れたことは今も忘れられない」

 1位の瀬古さん、2位の茂さん、3位の猛さんの3人が代表に選ばれ「世界最強」と呼ばれた。しかし、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議するため日本を含む西側諸国がボイコットし、出場はかなわなかった。

 「福岡国際マラソンとびわ湖毎日マラソンが日本のマラソン界を引っ張ってきた」と猛さん。しかし、びわ湖毎日は大阪マラソンに統合され、滋賀県での開催は今年2月の第76回大会が最後になった。「東京マラソンや大阪マラソンのように、一般の人が多く走る大衆マラソンが主流になりつつあるのかなと思う。それでも福岡とびわ湖が消えていくのは本当にさみしい」【平川昌範】

あわせて読みたい

注目の特集