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第94回センバツ高校野球

第94回選抜高校野球大会の特集サイトです。阪神甲子園球場での熱戦全31試合をLIVE配信します。

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創平兄貴と一緒「怖いものない」 明豊・京本投手 選抜高校野球

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センバツ1回戦で先発した京本真投手=阪神甲子園球場で2021年3月22日、津村豊和撮影 拡大
センバツ1回戦で先発した京本真投手=阪神甲子園球場で2021年3月22日、津村豊和撮影

 「創平とともに」。明豊(大分)の京本真投手(3年)は登板前、そう縫い込まれたグラブの刺しゅうを見て気持ちを落ち着ける。「一緒に戦う。そんな気持ちでマウンドに向かうんです」。いい時も悪い時も見ていてくれる“兄貴”。いとこの「創平兄ちゃん」はそんな存在だった。

 大阪市出身の京本投手が野球を始めたのは小学2年の頃。母の勧めで4歳上のいとこ、難波創平さんの試合を見に行ったのがきっかけだった。創平兄ちゃんは輝いていた。京本投手は母に告げた。「僕も野球をやりたい」

 野球を始めてからの道は山あり谷ありだった。中学では硬式野球の強豪チームに入ったが、周囲のレベルが高くなかなか出番が巡ってこなかった。「この頃は野球が好きじゃなくなっていた」。それでも腐らず続けられたのは難波さんのお陰だった。自身は既に野球を離れていたが、京本投手のプレーを見に来ては褒めてくれた。やる気が出た。

 高校は甲子園を目指して明豊への進学を決意。入試の数日前、2人で話した。「マコ、明豊でただ甲子園を目指すんじゃなくて、背番号にこだわれよ」。京本投手は大見えを切った。「1年からメンバーに入って活躍するよ」。そして入試の日、バイクで大学に向かっていた難波さんはトラックと衝突して帰らぬ人になった。19歳だった。

 「背番号にこだわれ」。入学後、京本投手はその言葉を胸に右腕を振った。1年秋には同学年の太田虎次朗投手と共にマウンドを任され、2019年10月の九州地区大会で優勝。20年春のセンバツが新型コロナウイルスの影響で中止になり、代わりに甲子園で開催された夏の交流試合は肩の故障で投げられなかったが、秋には復調してエースナンバーをつかんだ。

 ケースに納めた遺骨をズボンのポケットに忍ばせて立った甲子園のマウンド。22日の1回戦は球場の雰囲気にのまれて力を出し切れなかった。2回戦は出番が回ってこなかったが、ベンチから大声を出して仲間を励まし続けた。

 29日の準々決勝の相手は優勝候補の智弁学園(奈良)だ。「間違いなく全国トップの打線だけど、投手全員で力を合わせて無失点に抑えたい。先発でも中継ぎでも自分の役割を果たす」。28日の練習後、京本投手はそう言って腕をぶした。怖いものはない。創平兄ちゃんが一緒だ。【辻本知大】

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