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紀伊・房総/11 南房総の海女とお花畑 生活苦から花づくり /和歌山

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白間津のお花畑の写真(千葉県南房総市提供)と、書籍「海女たちの四季」のイラスト
白間津のお花畑の写真(千葉県南房総市提供)と、書籍「海女たちの四季」のイラスト

 私の記憶ではJRがまだ国鉄だった時代、3月に入ると房総半島南部のお花畑を観光する半島一周の列車が臨時運行され、線路沿いで手を振ったものだ。最近では菜の花やスイセン、キンセンカ、ポピーなどのお花畑と、その花々を楽しみながら走行できる道路「房総フラワーライン」が、インターネットでも紹介されている。

 なぜ、房総に多くのお花畑が誕生したのだろうか。テングサやサザエ、アワビを取る海女の稼ぎだけでは生活できないので、副業として花づくりを思いついたのだと切々と述懐している海女さんがいた。「海女たちの四季」(新宿書房)という自叙伝の著者、故・田仲のよさんだ。田仲さんは千葉県七浦村(現・南房総市千倉町)白間津に生まれ、20歳で海女になった。

 白間津は、海女の村というより、カジキマグロを銛(もり)で突く突きん棒の村で、夫が三陸・北海道に遠出するので、1年の半分は妻の「ひとり親状態」とのことである。

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