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平家が滅びた壇ノ浦の戦いは、月の引力が起こす潮流の変化で勝敗が決した。木下順二の戯曲「子午線の祀(まつ)り」は、国家・家族・個人の運命が、宇宙の摂理に左右された劇を荘厳に描く現代の古典だ▲多人数で「平家物語」の原文を朗唱する「群読」は迫力満点。新型コロナウイルス感染症の拡大で制約を強いられたが、2月から神奈川、愛知、福岡、兵庫各県を巡回した公演は30日、東京・世田谷パブリックシアターで千秋楽を迎える▲各劇場の対策はもちろん、出演者や上演時間を削り、密な演出や舞台装置も大幅に改変。こんな時でも赤字覚悟で上演した演劇人の信念を、こんな時だからこそ劇場を訪れたマスク姿の観客が無言の拍手で支えた▲古典ゆえの力だろう。平家の総大将、平知盛の闘志と苦悩、知略と諦念が揺れ動く様は、コロナ時代の政治指導者を思わせる。天の視点があるなら、ウイルスも人間の敵というより、人間を宿主にして共生する大自然の一部なのかもしれないと思いが巡る▲コロナ時代を照らす物語と見れば、知盛の「見るべき程のことは見つ」という最期の言葉からも、敗れた指導者の弁を超えた響きが聞き取れはしまいか。それは人知の限界を率直に認め、政治に万能を求める現代人の欲求を静かに戒める警告かもしれない▲演出と主演の野村萬斎さんは、東京オリンピック開閉会式の演出責任者を降ろされたが、競技場ではなく本職の劇場で、コロナ時代に一つの答えを示した。その役者魂にも拍手を送りたい。