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常夏通信

その87 戦没者遺骨の戦後史(33)これで情報公開のつもり?

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「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」で献花する元抑留者ら。厚生労働省の取り違えにより、外国人の遺骨が納められていたことが分かった=東京都千代田区の国立千鳥ケ淵戦没者墓苑で2019年8月23日、栗原俊雄撮影
「シベリア・モンゴル抑留犠牲者追悼の集い」で献花する元抑留者ら。厚生労働省の取り違えにより、外国人の遺骨が納められていたことが分かった=東京都千代田区の国立千鳥ケ淵戦没者墓苑で2019年8月23日、栗原俊雄撮影

 「これで情報公開のつもりですか? 本気ですか?」。その調査報告書のあるくだりを読んでいて、私はそう思った。

 前回まで見た通り、厚生労働省がロシアで掘り起こした外国人の遺骨を日本人として移送してしまった事件は2019年夏、NHKの特ダネで明らかになった。「8月ジャーナリズム」=戦争報道を一年中している「常夏記者」であり、戦没者遺骨の取材を10年以上やっている私は、すっかり出し抜かれてしまった。抜かれたら抜き返さなければならない。厚労省は弁護士ら5人からなる調査チームを同年10月に発足させた。私は渾身(こんしん)の取材を続けたが、抜き返す前の同年12月23日に調査報告書が発表された。その内容は驚きの連続だった。

専門家の断言を無視

 ロシアでの発掘のずさんさはすでに見た通りだ。さらにフィリピンで収容した10の遺骨も「日本人ではない可能性が高い」ことが明らかになった。収容の主役は遺族やボランティアだ。DNA鑑定や人類学の専門家ではない。だから現場で外国人の遺骨を収容してしまうのは致し方ないところだ。問題は、DNA鑑定の専門家が「日本人ではない」と断言していたのに、厚労省がそれを無視していたことだ。しかも、今回の調査チームがそれを指摘するまで、厚労省は指摘があったことを公表していなかった。ロシアのケースと同様、10の遺骨も再度DNA鑑定を行った結果、日本人ではない可能性が高いと判定されたのだ。

 専門家が取り違えの可能性を指摘したのは11年6月に行われた鑑定会議(「10検体会議」とする)であった。専門家は「絶対に日本人ではない。その報告を表に出してほしい」と要請した。しかし「厚労省からはこの要請に対し、何も発言がなされないまま今後の予定などの話となり、会議は終了した」。

 さらに同年10月に開かれた会議で、この鑑定人は「自分が鑑定した検体は日本人ではないと念を押し」た。さらに「鑑定人たちは(遺骨を)家族に返したい、違うものは違うとしてやりたいというのが希望であり、中途半端な発表にしないで、鑑定結果の中身はできるだけ出たとおりに報告してほしい」と述べた。確信に基づく迫力が伝わってくるくだりである。しかし、厚労省は発表しなかった。

 ただ報告書や関係者の証言などによれば、「日本人ではない」可能性について、鑑定人たちの指摘は当初から確信に満ちていたわけではない。DNA鑑定は03年から始まった。たとえば犯罪捜査であれば、現場に残された容疑者のものとおぼしき髪の毛などの資料と、容疑者から採取したDNAを付き合わせる。つまり生存者と当人の物と思われる資料を突き合わせる。しかし、戦没者の遺骨は当人が亡くなっている。さらに古い。また南方などでは土壌や気候などの影響からDNAの採取自体が難しく、採取してもクリアなデータを取ることができない場合がままある。だから専門家といえども「日本人ではない」と言い切るのは難しかったのだ。

データ蓄積で確信

 一方で、厚労省はこのケースではフィリピン側が、またロシア側も「日本人の遺骨」として移送を認めている。厚労省担当者が「DNA鑑定では疑わしくても、相手は断定している。日本人の遺骨のはず」と考えるのも、ある段階まではやむを得ないかもしれない。

 だがDNA鑑定が進むにつれて、データが積み上がっていった。鑑定人たちが確信を持って「日本人ではない」と指摘できるようになったのだ。厚労省は、少なくともこの段階で遺骨の再鑑定を行うか、相手国に事情を説明して共同検証を行うかすべきであった。

なんちゃって情報公開

 さて報告書によれば、10検体は日本人では…

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