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奈良の3市が名乗り「相撲発祥の地」 伝説の“土俵”三つどもえ

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 モンゴル出身の照ノ富士関の優勝で幕を閉じた大相撲春場所。同じく横綱・鶴竜関は引退、白鵬関は連続休場したものの海外出身勢は相変わらず強い。これを機に「国技」のルーツを調べてみたら奈良県の桜井、香芝、葛城の3市が「相撲発祥の地」の名乗りを上げていた。どこが本物? 現地を訪ねてみた。

 ことは日本書紀の垂仁天皇7年7月7日の条にさかのぼる。当麻蹴速(たいまのけはや)は素手で角を折り、鉤(かぎ)を伸ばすほどの怪力で「強者と力比べを」と望んでいた。それを聞いた垂仁天皇に臣下が「出雲国の野見宿祢(のみのすくね)という勇士を呼び寄せて戦わせては」と進言し、天覧対決が実現。宿祢が蹴速のあばらを蹴り折り、腰骨を踏み砕いて殺した。宿祢は蹴速の領地をもらい、その地は腰折田(こしおれだ)と呼ばれた。ここに出てくる「〓力(すまい)」が角力(すもう)(=相撲)の始まりとされる。ただ、戦いの場は明示されていない。

 大規模な前方後円墳や古代の宮跡が点在する桜井市の山の辺の道周辺。垂仁天皇の纒向珠城宮(まきむくのたまきのみや)跡伝承地から三輪山を右前に見ながら坂道を上ると宿祢を祭る相撲神社に着く。大兵主(だいひょうず)神社境内の小字カタヤケシに所在。「カタヤ(方屋)」は土俵を意味し、ここで両者が戦ったとされた。1962年には幕内全力士が参拝、大鵬と柏戸の両横綱が土俵入りを披露し、いわば相撲界公認の発祥の地とな…

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