「努力の人だった」 親交のあった研究者ら赤崎勇さん悼む

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ノーベル物理学賞のメダルを披露する赤崎勇・名城大終身教授=羽田空港で2014年12月12日午後5時、喜屋武真之介撮影
ノーベル物理学賞のメダルを披露する赤崎勇・名城大終身教授=羽田空港で2014年12月12日午後5時、喜屋武真之介撮影

 2014年にノーベル物理学賞を受賞した名城大終身教授、赤崎勇さん(92)が1日死去した。

出身地・鹿児島県の同級生ら「ショック」

 赤崎さんの訃報に、出身地の鹿児島県では同級生らが肩を落とした。

 「覚悟はしていたがショックだ」。旧制鹿児島二中(現・県立甲南高)で同級生だった海江田順三郎さん(93)=鹿児島市=は声を詰まらせた。赤崎さんの家族から亡くなったことを知らされたのは1日。今年1月、入院中の赤崎さんに電話した時は既に本人とやり取りするのが難しい状態で、家族を通じて「よろしく言ってくれ」と伝えられたのが最後になった。

 赤崎さんとの交友は深く、ノーベル賞受賞後も本人から「研究したいことがまだまだあるんだ」と衰えない研究意欲を聞いていた。年数回は電話で話し、戦時中に鹿児島県鹿屋市の海軍で勤労奉仕した頃の思い出や同級生の消息などを語り合っていた。「天才肌というより、こつこつ努力を重ねることを惜しまない人だった。だからこそ世界の研究者が諦める中でも『俺はやる』と青色LEDを実現させることができたのだろう」

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