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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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列車の音に感じた底力 復興「にぎわいづくり」誓う 岩手・山田

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再建された陸中山田駅近くで文房具店を営む松本龍児さん=岩手県山田町で、日向米華撮影 拡大
再建された陸中山田駅近くで文房具店を営む松本龍児さん=岩手県山田町で、日向米華撮影

 岩手県山田町の中心に位置する陸中山田駅は、東日本大震災の津波で被災し、その後に発生した火災で駅舎が焼失した。駅には焼けただれた渡線橋とむき出しのホームだけが残った。

 当時、駅近くで文房具店を営んでいた松本龍児さん(69)も火災で自宅兼店舗を失った。八幡平市出身の松本さんは1978年に山田町へ移り住み、3年後に駅のそばに店を構えた。地元の小学生や年配のお客さんに親しまれ、町役場にも商品を卸していた。鉄道も好きで、仕事などの用事で県外に出かける際は車ではなく列車を選んで利用した。沿岸の景色を眺めて、ゆっくりと列車に揺られる時間が大好きだった。

 あの日は、妻と従業員と店にいた時に激しい揺れを感じた。20~30分後、海から白い煙が立ち上り国道沿いの電柱が次々に倒れていくのが見えた。すぐに3人で車に乗り込み、なんとか5分ほど離れた高台に避難した。夕方になると今度は爆発音が響き渡り、町は炎で赤く染まった。

震災から3カ月。焼け残った残骸が未だに残る陸中山田駅(奥)近くの線路を横断する人たち=岩手県山田町で2011年6月10日午後5時57分、木葉健二撮影 拡大
震災から3カ月。焼け残った残骸が未だに残る陸中山田駅(奥)近くの線路を横断する人たち=岩手県山田町で2011年6月10日午後5時57分、木葉健二撮影

 震災後の5月、町内の別の場所にプレハブ小屋を建て事業を再開した。甚大な被害が出た駅周辺は約3メートルかさ上げされ、道路も新しく整備された。町は駅を中心に商業施設や金融機関などが集まる「コンパクトシティー」構想を掲げ復興を進めた。松本さんも被災した中小企業を支援するグループ補助金を申請し、2017年11月、駅のそばに店を再建した。

 「震災後に焼け野原だった駅周辺が、どんどんきれいになっていった。また同じ場所で町のにぎわいづくりに関わりたいと思った」と当時を振り返る。

 震災で不通になっていたJR山田線宮古-釜石間(55・4キロ)は三鉄に移管され、19年3月に運行を再開した。焼失した駅舎は、町と交流の深いオランダの風車をイメージした新しい駅舎に生まれ変わった。8年ぶりに町に響いた列車の走る音に「復興へ向かう人間の底力を感じた」という。

 現在は震災後に県外から戻った長男や長女と店を切り盛りしている。「たくさんの人が三鉄を利用し山田町に足を運んでくれたらうれしい。ハード面の復興から一歩進んで、県内外からも人が訪れる町にしたい。これからも活性化のため尽力していきます」と笑顔を見せた。【日向米華】

【東日本大震災】

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