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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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コロナ禍の今こそ「歌の力を」 福島から避難の歌手、初アルバム

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歌の練習をする小椋あかりさん=三重県伊勢市で2021年2月24日午後5時59分、谷口豪撮影 拡大
歌の練習をする小椋あかりさん=三重県伊勢市で2021年2月24日午後5時59分、谷口豪撮影

 福島県出身で、伊勢市在住の歌手、小椋あかりさん(32)。デビュー9年目となる3月に初めてのCDアルバムを発売した。「歌は生き物」と、ライブにこだわり続け、「歌を形に残すことは考えていなかった」が、新型コロナウイルス感染拡大でステージに立つ機会が奪われた今こそ、「歌の力を届けたい」と思いを込めた。【谷口豪】

 福島県郡山市に家族4人で暮らしていた小椋さんは2011年3月11日、東日本大震災を経験。福島第1原発からの放射線被害を恐れた母は2人の弟とともに受け入れ態勢が整っていた伊勢市へ。弟の面倒を見ていた小椋さんも12年1月に後を追った。家族と一緒に生活するうれしさの一方で、福島の景色を忘れることは一日もなかった。

 伊勢に移って1カ月半、突然、過呼吸を起こした小椋さんはうつ病と診断された。部屋から出られない日が続いたが、知り合いのボイストレーナーの教室に誘われ、徐々に外に目を向けられるようになった。働いていたバーの近くで歌の練習をしていた所をスカウトされたのは同年10月。あれよあれよという間に歌手になり、2カ月後には初ステージ。アンコールで歌った「愛の賛歌」で福島への思いを語ると、涙がこみ上げた。客席から「福島がんばれ」と声援を受け、「頑張って生きていていいんだ」と自分を肯定でき、同時に「歌の力」を実感した。

 しかし、順調な歌手生活を新型コロナ禍が直撃。20年は仕事のほとんどがキャンセルとなった。「誰が悪いわけでもない。仕方がない」と、言い聞かせていた時、所属事務所の代表に「CDを出さないか」と持ちかけられた。小椋さんは歌声を形に残すことにためらいがあったが、「こんな時だからこそ、歌が聞きたい」と多くのファンからの要望が所属事務所に届いていたことを知り、「私を支えてくれた人たちに答えたい」とCD発売を決断した。

 収録したオリジナル曲「夢を追い続けて」には、「あの空の向こうに 笑顔が待っている どこまでも続くよ 果てしなく 輝く星たちよ もう夜明けは近い」との一節がある。小椋さんはこの歌に「今は歌を続けるという夢の途中ですが、つらいこともたくさんありました。それでも必ず前に進める」と思いを込めている。

 小椋さんのCD「Follow My Dreams~夢を追い続けて~」は2805円(税込み)。4月中旬からはデジタル配信も予定している。問い合わせは(i_music_kirari@sky.plala.or.jp)。

【東日本大震災】

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