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「桜見られないのが寂しい」元兵士証言、大和撃沈までの2時間 /後編

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上下逆さまの状態で沈む「大和」の前部副砲=大和ミュージアム提供
上下逆さまの状態で沈む「大和」の前部副砲=大和ミュージアム提供

 「世界最大・最強」といわれた戦艦「大和」が水上特攻を強いられたのは、「前編」でみたように、戦況の悪化だけでなかった。時代遅れで使い勝手が悪くなっていた、天皇の意思を軍部が忖度(そんたく)した、など、さまざまな要因が折り重なったからだった。後編は「大和」が撃沈されるまでの2時間を、元兵士の証言を交えて振り返りたい。【栗原俊雄】

上がる血しぶき 地獄の戦闘

 1945年4月6日午後3時20分。「大和」に加え、軽巡洋艦「矢矧(やはぎ)」、駆逐艦「磯風」「濱風」「朝霜」「霞」「冬月」「涼月」「雪風」「初霜」の計10隻から成る艦隊は、山口県徳山沖から沖縄に向かって出撃した。半年前のフィリピン沖海戦で出撃した艦隊の半分にも遠く及ばない艦数だ。米英に比肩する力を誇っていた大日本帝国海軍が、最後に送り出した艦隊であった。伊藤整一司令長官は艦隊にこんな訓示を発した。

 「神機将(マサ)ニ動カントス 皇国ノ隆替懸リテ此ノ一挙ニ存ス 各員奮戦敢闘全敵ヲ必滅シ以テ海上特攻隊ノ本領ヲ発揮セヨ」

 午後6時、「大和」の副長・能村次郎は総員を前甲板に集めた。「宮城遥拝」つまり東京の皇居に向かって頭(こうべ)をたれる儀式に続き、それぞれの「故郷遥拝」が行われた。能村は「遠慮はいらん。泣け」と兵たちに語りかけた。陸地の桜がおぼろげに見えた。元兵士の一人は私の取…

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