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常夏通信

その88 戦没者遺骨の戦後史(34) 北朝鮮のシグナル

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引き揚げのために韓国釜山駅に集結した日本兵=1945年10月12日
引き揚げのために韓国釜山駅に集結した日本兵=1945年10月12日

 衆院本会議場では、怒号が飛び交っていた。6年前の2015年9月11日。政府による労働法制の「派遣法改正案」を巡る反対演説で野党議員が法案を厳しく批判し、議場は騒然としていた。だが、その法案が提案されると雰囲気は一変した。多くの議員が「異議なし!」と力強く応じ、全会一致で可決した。議場は万雷のような拍手に包まれた。戦争で亡くなった人たちの遺骨を帰還させるための議員立法「戦没者遺骨収集推進法案」(推進法)が衆院を通過したのだ。

戦後補償史の画期

 「遅すぎたとはいえ、重要な一歩だ」。一年中「8月ジャーナリズム」=戦争報道をしている常夏記者こと私は、そう思った。安保法制審議で国会が荒れた余波を受けて参院では継続審議となり、可決成立したのは翌16年だったが、戦後補償史の画期となった。

 厚生労働省の推計によれば、第二次世界大戦で亡くなった日本人は310万人、うち240万人が海外(沖縄県、硫黄島を含む)だ。戦争を始めたのは為政者であり、遺骨を遺族に返す責務が政府にはある。だが占領下で外交権のない日本がそれを行うのは困難だった。政府は1952年の独立回復以来、海外の遺骨収容を続けた。今日までおよそ127万6000体が帰還したとされる。

 ただ、本連載その79などですでに指摘したように、「127万体」が本当なのかどうか、確証はない。またすべてが「日本人」であったかどうかも同様だ。

 私は、「実際に収容した遺骨は…

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