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小説「無月の譜」

将棋の駒をめぐる探求の物語。失われた名品の駒を求め、ある挫折感を抱えた男が旅に出ます。作・松浦寿輝さん、画・井筒啓之さん。

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小説「無月の譜」

/122 松浦寿輝 画・井筒啓之

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 そうか、とうとう「無月」が完成したのか、よかったなあと思いながら、夢のなかで竜介は、箱の中身を一生懸命覗(のぞ)きこむのだが、何だかあたりが薄暗くて、駒の姿をはっきりと見きわめられないのが苛立(いらだ)たしい。いや、だんだん見えてきたぞ……へえ、これが「無月」の駒か……なるほど……たしかに……。

 いつの間にか眠りこんでしまったようだった。タイマーをセットしてあるラジオのスイッチが入って、ニュースを読み上げるアナウンサーの騒々しい声で目が覚めた。寝不足で頭も体も重く、何だか辛(つら)い。起き上がって身支度をしているあいだも、頭のなかをいろんな漢字がぐるぐる旋回しているようなめまいの感覚が続いていた。ふう……とにかく会社だ、仕事だ……。もう何日か働けば仕事納めになる、と自分を慰めながら、竜介は簡単な朝食をとり、寒々とした師走の街を歩いて駅へ向かった。

 今年は何やらいろいろ大変な年だったなあ、とつくづく思う。奨励会退会、そして就職、職場の人間関係をめぐる様々な苦労……。しかしまあ、何とかかんとか切り抜けて、ともかく平穏無事な新年を迎えられそうだ。

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