「漫画の神様」直筆ずらり 「トキワ荘と手塚治虫」展 8月9日まで東京

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「トキワ荘と手塚治虫」展の会場の様子=東京都豊島区南長崎3の区立トキワ荘マンガミュージアムで2021年4月6日午後5時29分、柳澤一男撮影
「トキワ荘と手塚治虫」展の会場の様子=東京都豊島区南長崎3の区立トキワ荘マンガミュージアムで2021年4月6日午後5時29分、柳澤一男撮影

 昭和の日本を代表する漫画家たちが若き日に暮らしながら切磋琢磨(せっさたくま)したアパート「トキワ荘」を復元した東京都豊島区立トキワ荘マンガミュージアム(同区南長崎3)で、「漫画の神様」と言われる手塚治虫の直筆原稿を集めた特別企画展「トキワ荘と手塚治虫―ジャングル大帝の頃―」が7日始まった。6日には、藤子不二雄Ⓐさんが手塚とトキワ荘の思い出を記者会見で披露した。

 藤子さんは「(当時の)漫画はギャグというかお笑いが主流だったが、手塚先生は『新寳島』というストーリー(仕立て)にした革命的作品を描いた。将来、映画監督になりたかったが、制作には大変なお金がかかる。しかし、先生は紙の上で映画を作られた。これならできると思って、漫画の方に進んだ」と自身が漫画家を目指したきっかけを話した。

 藤子さんが富山県から上京した日にトキワ荘の手塚の元を訪れたエピソードも披露。「先生は連載を6~7本くらい抱えていたが、当時はアシスタントがおらず、編集者がラインを引いたりベタを塗ったりしていた。見るに見かねて『手伝いましょうか』といったら、『やってくれる?』とおっしゃったので、喜んで(両国の下宿に戻らず)僕だけ一人残って、4日間手伝った。それから何かあると編集者から電話があって、手伝ってと言われた。日本の漫画アシスタント第1号は僕だと自慢している」とユーモアを交えて語った。

 「ジャングル大帝」の最終回の制作を手伝った時については「北極の吹雪を描くように言われてチャイコフスキーの曲が流れる先生の部屋で作業していた。なぜか涙が出てきてたまらなくなった」と振り返り、「先生はアシスタントの部分は必ず直される。ところが吹雪(の場面)は一切直されなかった。先生に認められたということで、僕の自慢です」と話した。

 同展では、「ジャングル大帝」のほか、「鉄腕アトム」「リボンの騎士」「火の鳥」といったトキワ荘時代の手塚の直筆原稿など約30点を展示する。大人500円、小中学生100円。8月9日まで。問い合わせは同ミュージアム(03・6912・7706)。【柳澤一男】

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