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東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

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松山「10年前なければ今はない」被災地に恩返し マスターズV

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 10度目の挑戦でマスターズ・トーナメントを制した松山英樹選手(29)は仙台市の東北福祉大で鍛錬を積んだ。大学1年だった2011年3月11日、東日本大震災が発生した。直後に開催されるマスターズに出場すべきかどうか悩んだ松山選手だが、多くの激励に背中を後押しされていた。

 「あの時、この場を経験していなかったら、今の自分はないと思う。10年前に、ここでプレーできたのは、今でもすごく心に残っている」。今年のマスターズ第3ラウンド後の記者会見で松山選手は、かみしめるように言葉を紡いだ。「あの時」とは、11年のことだ。東日本大震災で仙台市も被災。松山選手は豪州で合宿中だった。東北福祉大ゴルフ部の阿部靖彦監督(58)は「ニュースで被害が拡大していく様子を目にして、松山もショックの色が濃かった」と振り返る。

2011年4月、マスターズ・トーナメントに初出場し、ベストアマの表彰を受ける松山英樹選手=米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGCで、共同 拡大
2011年4月、マスターズ・トーナメントに初出場し、ベストアマの表彰を受ける松山英樹選手=米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGCで、共同

 「このままマスターズに出ていいのか」。4歳からゴルフを始めた松山選手にとっても、大会が行われる米国オーガスタ・ナショナルGCは憧れの舞台だった。テレビで見たタイガー・ウッズ選手のスーパーショットの数々は、衝撃的な一コマとして今も記憶されている。大学1年だった10年10月のアジア・アマチュア選手権で優勝して、初めてのマスターズ出場権を獲得した。期待に胸をふくらませて日々の練習に励んでいたが、東北の現状を前に葛藤が生まれた。食も細くなり、大会に向けた調整に大きな影響が出た。

 それでも松山選手は、マスターズに出る道を選んだ。大学や阿部監督のもとには、たくさんの激励のメッセージが電話やメール、ファクスで届いたからだった。「活躍する姿を見せて」「頑張ってほしい」。2人はそれらのメッセージを手にオーガスタの地を踏み、苦しい時の支えにした。結果は初挑戦ながら、通算1アンダーの27位タイとなり「ベストアマチュア」(アマチュア最高位)に輝いた。そこから松山選手の世界の頂点を見据えた挑戦は、始まっていた。

 「あの時」から10年がたち、ちょうど10度目となる節目のマスターズ挑戦で、日本ゴルフ界の悲願を成し遂げた。「僕が勝ったことでこれから先、日本選手がすごく変わっていくと思う。僕ももっともっと勝てるように」。歴史を塗り替えるまでに大きく成長した松山選手の被災地への恩返しは、これからも続いていく。【角田直哉】

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