特集

熊本地震

2016年4月14日と16日に発生した熊本地震。最大震度7の激震に2度襲われ、熊本、大分両県で関連死を含めて275人が亡くなった。

特集一覧

消えない痛み 5年前、ブロック塀は店長の命と私の左脚を奪った

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
倒壊したブロック塀の下敷きになり、一緒にいた坂本龍也さんが亡くなった現場に花を手向けに訪れた本村春子さん=熊本県益城町で2021年4月14日午前9時54分、徳野仁子撮影
倒壊したブロック塀の下敷きになり、一緒にいた坂本龍也さんが亡くなった現場に花を手向けに訪れた本村春子さん=熊本県益城町で2021年4月14日午前9時54分、徳野仁子撮影

 熊本地震の前震では、震度7の激震に襲われた熊本県益城町で、坂本龍也さん(当時29歳)=熊本市東区=が倒壊したブロック塀の下敷きになって死亡した。坂本さんは現場近くに住む同僚の本村春子さん(62)の自宅での食事会に招かれ、地震に遭遇した。一緒に巻き込まれ大けがをした本村さんは14日午前、つえをつきながら現場で花を手向けた。

 坂本さんは東区の弁当店で店長を務め、本村さんもその店で働いていた。2016年4月14日、検査入院からこの日退院した本村さんは自宅に坂本さんら同僚2人を食事会に招いた。弁当店の仕事が終わった坂本さんを車で迎えに行き、自宅近くの駐車場で降りて歩き出した、その時だった。午後9時26分、突き上げられるような地響きとともに、高さ約4メートルのブロック塀が倒壊。2人は下敷きになった。

 「バキバキ」。骨が砕ける音とともに本村さんの左脚に激痛が走った。すぐ横で坂本さんは耳と鼻から血を流し倒れていた。本村さんは10分後に住民に救出されたが、坂本さんは助からなかった。真面目で責任感が強く、本村さんらが忙しい時には「おばちゃんたちがきつそうだから」と、残業をして仕事を手伝ってくれる好青年だった。

ブロック塀の下敷きになって骨が砕け、手術痕が残った左膝を見つめる本村さん。生活につえが欠かせない=熊本県益城町で、城島勇人撮影
ブロック塀の下敷きになって骨が砕け、手術痕が残った左膝を見つめる本村さん。生活につえが欠かせない=熊本県益城町で、城島勇人撮影

 本村さんは左膝の骨が粉々に砕け、あまりの痛さに病院のベッドで何度も泣き叫んだ。入院は7カ月にも及び手術を4回繰り返して人工関節を入れたが、つえをつかなければ歩けなくなった。自宅も全壊し、仮設住宅に身を寄せた後、20年4月に町内の災害公営住宅に入居。立ち仕事ができなくなったため弁当店では働けなくなり、生活費を切り詰めながら親族からの援助で暮らすようになった。

 5年たった今もブロック塀の下敷きになってもがき苦しんだ恐怖の記憶がよみがえる。そして、いつも同僚を気遣い優しかった坂本さんの笑顔を思い出す度に「14日に退院しなければ、食事会をしようとしなければ、亡くなることもなかった」と自分を責める。

 「地震がなければ、こんな地獄を味わうことはなかった。悲しみは永久に消えない。店長の分まで頑張って生きていきたい」。花束と一緒に坂本さんが好きだったビールを供えた本村さんは、痛む左脚を引きずりながら声を震わせた。【城島勇人】

【熊本地震】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

注目の特集