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れとろ探訪

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穴居族 /大阪

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大阪駅近くの東海道線と城東線(現在のJR大阪環状線の大阪-天王寺間)に挟まれた三角広場の一角に、穴居生活を営む人たちが住んでいた。土の匂いをかいで、家賃や税金のない気楽な生活を送っていたという=1952年3月22日撮影
大阪駅近くの東海道線と城東線(現在のJR大阪環状線の大阪-天王寺間)に挟まれた三角広場の一角に、穴居生活を営む人たちが住んでいた。土の匂いをかいで、家賃や税金のない気楽な生活を送っていたという=1952年3月22日撮影

 太平洋戦争後、主要な駅の周りは空き地があり、闇市が作られるなど雑然とした空気があった。

 1952(昭和27)年に毎日新聞社が発行した毎日グラフ4月20日号に、「穴居族」というタイトルで大阪駅近くの一角に住み着いた人たちの話が掲載された。

 当時の国電が東から大阪駅にさしかかる時に、車窓から見下ろすと2本の路線に挟まれた三角広場の片隅から煙が立ち上り、天気の良い日には洗濯物が春風に揺れていたという。

 広場には盛り上げられた土の山があり、掘られた穴の中で生活する人たちがいたようだ。金属くずを探しに土の山を掘った人が、そのまま住み着いたという。人数は次第に増えて、記事には一時期、8人が住み着き、気ままな生活を送っていたと書かれている。立ち退きを求められていたが、所持する家財も少ないことから、「工事の5分前に言ってくれたらすぐに出て行く」と落ち着き払っていたと記事は締めくくっている。

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