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先月のピカイチ 来月のイチオシ

毎月数多くの公演に足を運び耳を傾けている鑑賞の達人が、1カ月で最も印象に残った演奏と、これから1カ月で聴き逃せないプログラムを紹介します。

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先月のピカイチ 来月のイチオシ

思い出の「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「パルジファル」(後編)

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通常、現地では復活祭の時期に行われるザルツブルク・イースター音楽祭(復活祭音楽祭)。今年は10~11月の開催が予定されている (C) OFS Matthias Creutziger
通常、現地では復活祭の時期に行われるザルツブルク・イースター音楽祭(復活祭音楽祭)。今年は10~11月の開催が予定されている (C) OFS Matthias Creutziger

 首都圏における緊急事態宣言は解除されたものの、まん延防止等重点措置が発動されたことに加えて、海外アーティストの来日には依然として高いハードルが設けられていることから演奏会やオペラ公演の日常が戻ってくるのにはもう少し時間がかかりそうだ。そこで今回の「先月のピカイチ、来月のイチオシ」連載は、好評だった「思い出に残るワーグナー」の第2弾として「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「パルジファル」3作品の公演から選者の皆さんに最も記憶に残るステージと次点を紹介していただきました。前編に続き、後編は筆者お二方によるよりすぐりの公演をお届けします。前編はこちら。

◆毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選◆

■「トリスタンとイゾルデ」

ザルツブルク・イースター音楽祭 日本公演(2000年11月27日 東京文化会館大ホール)

クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/クラウス・ミヒャエル・グリューバー演出/ジョン・フレデリック・ウェスト(トリスタン)/デボラ・ポラスキ(イゾルデ)/リオハ・ブラウン(ブランゲーネ)/ラースロー・ポルガール(マルケ王)他

【次点】

パリ国立オペラ 来日公演(2008年7月27日 オーチャードホール)

セミヨン・ビシュコフ指揮パリ国立オペラ管弦楽団/ピーター・セラーズ演出/ビル・ヴィオラ=ビデオアート/クリフトン・フォービス(トリスタン)/ヴィオレッタ・ウルマーナ(イゾルデ)/エカテリーナ・グバノヴァ(ブランゲーネ)/フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ(マルケ王)他

■「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

バイロイト音楽祭(2017年8月7日 バイロイト祝祭劇場)

フィリップ・ジョルダン指揮バイロイト祝祭管弦楽団/バリー・コスキー演出/ミヒャエル・フォレ(ザックス)/クラウス・フローリアン・フォークト(ワルター)/ギュンター・グロイスベック(ポーグナー)/ヨハネス・マルティン・クレンツレ(べックメッサー)/アンネ・シュヴァイネヴィルムス(エーファ)他

バイロイト音楽祭2017「マイスタージンガー」より、ユダヤ人の特徴を誇張した覆面を被せられるベックメッサー (C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
バイロイト音楽祭2017「マイスタージンガー」より、ユダヤ人の特徴を誇張した覆面を被せられるベックメッサー (C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

■「パルジファル」

ウィーン国立歌劇場(2005年6月23日)

クリスティアン・ティーレマン(指揮)/クリスティーネ・ミーリッツ演出/ファルク・シュトルックマン(アムフォルタス)/フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ(グルネマンツ)/プラシド・ドミンゴ(パルジファル)/ヴァルトラウト・マイヤー(クンドリ)他

【次点】

バイロイト音楽祭(2009年8月15日 バイロイト祝祭劇場)

ダニエレ・ガッティ指揮バイロイト祝祭管弦楽団/シュテファン・ヘアハイム演出/クリストファー・ヴェントリス(パルジファル)/藤村実穂子(クンドリ)/クヮンチュル・ユン(グルネマンツ)他

 アバドが指揮をしたベルリン・フィルのイースター音楽祭来日公演での「トリスタン」は、死と生への憧れが相剋(そうこく)する音楽が印象的だった。夜のとばりに覆われた静謐(せいひつ)な舞台とポラスキが歌う〝愛と死〟の美しさは色あせない。

 もうひとつの鮮烈な記憶は、ビル・ヴィオラの映像に合わせてピーター・セラーズが演出をつけたパリ国立オペラ座の日本公演。その映像はトリスタンとイゾルデの内面を抽象的な映像(水中に落ちて行くというようなありそうでなかった実写版)に落とし込んで全編を貫く唯一無二のもの。ビシュコフのタクトから生まれるワーグナーの音楽と映像の融合が見事だった。

 「マイスタージンガー」はバイロイト音楽祭で鬼才バリー・コスキーが演出したプロダクション。ワーグナー家の居間が前奏曲の舞台となり、ザックスがワーグナー、ポーグナーがリスト、エーファがコジマといったバイロイトならではの置き換えが、見事にはまってスコアにそう書かれていたかのように思わせるのはさすがだ。「パルジファル」初演指揮者でもあるレーヴィを重ねたベックメッサーを異教徒として鼻つまみものに描くシーンはあまりに辛辣(しんらつ)で2幕後のブーイングも盛大だったが、ワーグナーが楽団を指揮して終わるエンディングまで、説得力にあふれた舞台にはブラボーとしか言いようがなかった。

 ウィーン国立歌劇場で聴いた「パルジファル」は、ティーレマン指揮、ドミンゴとマイヤーという千両役者がそろった貴重な上演で、日本から駆けつけるに値する体験となった。ミーリッツの演出はそれまでのエファーディングのものから一転し、カメラマンを舞台に上げて生の映像を取り入れたり、歌い手も体を張っての過激な世界観に変わったりしていたが、第1幕の終わりで拍手が出そうになると「シー!」とどこからか制する音が聞こえてきて、今やバイロイトでも見られなくなった古き習慣がまだ残っていた。60代半ばで無垢(むく)な青年を演じるドミンゴの「アムフォルタス!」で流れを一変させる表現力や、マイヤーの妖艶なクンドリも印象的だったが、客席とオーケストラから最大の喝采を受けていたのがティーレマンで、劇場全体がその音楽のもたらす高揚感に包まれていた。

 バイロイトで聴く「パルジファル」は極端に言うと、音楽だけでも満足できるほど格別なのだが、忘れられないのはヘアハイムの演出だ。ここでもワーグナーの住居であるヴァーンフリート館が重要なセットの役割を果たし、「瓦礫(がれき)を積み上げる女」に象徴されるドイツ100年史が描かれる。ラストは鏡に映った客席の我々を目の当たりにし、歴史の目撃者となった眩惑(げんわく)に包まれた。


◆宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)選◆

■「トリスタンとイゾルデ」

ウィーン国立歌劇場(2004年5月9日)

クリスティアン・ティーレマン指揮/ギュンター・クレーマー演出/トーマス・モーザー(トリスタン)/ルアナ・デフォール(イゾルデ)/ペーター・ウェーバー(クルヴェナル)/藤村実穂子(ブランゲーネ)/ロベルト・ホル(マルケ王)他

ウィーン国立歌劇場の「トリスタン…」で指揮を務めたティーレマン。ザルツブルク・イースター音楽祭の芸術監督も務めるなど音楽界をけん引する (C) OFS Matthias Creutziger
ウィーン国立歌劇場の「トリスタン…」で指揮を務めたティーレマン。ザルツブルク・イースター音楽祭の芸術監督も務めるなど音楽界をけん引する (C) OFS Matthias Creutziger

【次点】

ザルツブルク・イースター音楽祭 日本公演(2000年11月23日 東京文化会館大ホール)

クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/クラウス・ミヒャエル・グリューバー演出/ジョン・フレデリック・ウェスト(トリスタン)/デボラ・ポラスキ(イゾルデ)/リオハ・ブラウン(ブランゲーネ)/ラースロー・ポルガール(マルケ王)他

■「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

バイロイト音楽祭(2007年8月16日 バイロイト祝祭劇場)

セバスティアン・ヴァイグレ指揮バイロイト祝祭管弦楽団/カタリーナ・ワーグナー演出/ フランツ・ハヴラタ(ザックス)/クラウス・フローリアン・フォークト(ヴァルター)/ミヒャエレ・フォレ(ベックメッサー)/アマンダ・マース(エーファ)他

【次点】

二期会オペラ公演(1981年7月11~19日 東京文化会館大ホール)

若杉博指揮東京フィルハーモニー交響楽団/西沢敬一演出/木村俊光、松本進(ザックス)/下野昇、ウィリアム・ウー(ヴァルター)/宮原昭吾、竹沢嘉明(ベックメッサー)/曽我栄子、鮫島有美子(エーファ)他

■「パルジファル」

バイロイト音楽祭(2004年8月6日 バイロイト祝祭劇場)

ピエール・ブーレーズ指揮バイロイト祝祭管弦楽団/クリストフ・シュリンゲンジーフ演出/エンドリック・ヴォトリッヒ(パルジファル)/アレハンドロ・マルコ=ブールメスター(アムフォルタス)/ジョン・ウェグナー(クリングゾル)/ロベルト・ホル(グルネマンツ)/ミシェル・デ・ヤング(クンドリ)他

【次点】

ウィーン国立歌劇場(2005年6月23日)

クリスティアン・ティーレマン(指揮)/クリスティーネ・ミーリッツ演出/プラシド・ドミンゴ(パルジファル)/ファルク・シュトルックマン(アムフォルタス)/フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ(グルネマンツ)/ヴァルトラウト・マイヤー(クンドリ)他

ウィーン国立歌劇場外観
ウィーン国立歌劇場外観

 ワーグナーを重点的に取材・鑑賞するようになってからはや四半世紀、強烈な印象を残したという意味では2004年のバイロイト音楽祭における「パルジファル」はその代表例である。シュリンゲンジーフの演出はひと言でいうと醜悪。第1幕は回転台に載せられた廃棄物の山を前に進行していくのだが、プレス資料に記された演出コンセプトとの結び付きはいまひとつ理解できなかった。キリスト教の儀式で締めくくられる第1幕後、拍手を控えるのが伝統であったが、この時は嵐のようなブーイングが巻き起こった。これが契機となりバイロイトでは第1幕後も普通に拍手が出るようになった。第2幕、クリングゾルは死なずにロケットに乗って逃走。客席からは本番中にもかかわらず失笑が漏れた。第3幕「聖金曜日」の場面ではウサギの死体が腐敗し朽ちていく様が動画で投影される。作品のすべてを否定するような演出。初日の休憩時にシュリンゲンジーフが観客から暴行を受ける騒動まで発生し、その後の公演では「先入観を持たずに鑑賞してほしい」との趣旨のヴォルフガング・ワーグナー総裁のメッセージが記された紙が配布されるほどの騒ぎとなった。第1幕が約1時間半で終わってしまうブーレーズの淡泊な音楽作りも殺伐とした舞台上の雰囲気を際立たせる効果をもたらしていた。当時は筆者も大いに憤慨したが、今となってみるとこれこそが既成の枠にとらわれずに新しいものに挑むバイロイトの精神であることが分かる。読み替え演出の走りとなったパトリス・シェロー演出の「リング」を実現させたのもヴォルフガング総裁である。この時も指揮はブーレーズであった。

 次点のウィーンのプロダクションは深い呼吸感を感じさせるティーレマンの音楽作りと、ドミンゴ、マイヤーらスター歌手の競演で大いに楽しむことができたステージ。

 実験工房を標ぼうするバイロイトの精神を体現したという点ではカタリーナ現総裁の同地における初演出となった07年の「マイスタージンガー」も印象深い。こちらも終演後、客席はブーイングの嵐となったが、毎回カーテンコールに現れ両手を広げてそれを受け止めるような仕草をしていた彼女の姿が忘れられない。彼女は一時期、シュリンゲンジーフに傾倒していただけに舞台は一見ハチャメチャな作りであったが、よくよく観察するとバイロイトの現状への批判と開祖リヒャルトの原点へ回帰すべきとのメッセージがドタバタ劇の裏側に潜ませてあり、よく練られたコンセプトが存在することが伝わってきた。戦後バイロイトをけん引した叔父ヴィーラントへの尊敬の念もさりげなく織り込まれ、その精神は彼女が総裁就任後、運営面の改革として次々と具現化されている。

 若杉弘指揮による二期会の公演は学生時代、東京フィルでステマネの手伝いをするアルバイトをしていた関係でリハーサルから本番まで通しで体験した初めてのワーグナーの舞台。その魅力の虜(とりこ)になるきっかけとなった。

 「トリスタン」の二つは甲乙つけ難い。作品本来の濃密な魅力を堪能できた点でティーレマンに軍配を上げた。アバドは大病の手術直後でやつれた姿ながら渾身(こんしん)の力を込めて長大な作品を指揮し、〝愛の死〟の最後の音が消えると同時に客席が総立ちになるほどの興奮と感動を巻き起こしたことを鮮明に思い出す。書き足りないことが多々あるが、またまた字数オーバー、ここまでとしたい。

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