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熊本地震

2016年4月14日と16日に発生した熊本地震。最大震度7の激震に2度襲われ、熊本、大分両県で関連死を含めて275人が亡くなった。

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「ライオン」デマ、休園… 熊本市動植物園、地震で気づいた使命

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熊本地震で多数の亀裂が入った熊本市動植物園の通路=2016年4月18日午前6時13分(熊本市動植物園提供)
熊本地震で多数の亀裂が入った熊本市動植物園の通路=2016年4月18日午前6時13分(熊本市動植物園提供)

 2016年4月の熊本地震では、熊本市動植物園(東区)も飼育舎が損壊し地割れが起きるなど大きな被害を受けた。動物の命をつなぐ水の喪失やSNSで流布された「猛獣が逃げ出した」とのデマ、営業再開後の新型コロナウイルスの感染拡大による来園者減……。いくつもの困難に直面してきた動植物園がこの5年で気づいた役割とは――。

 2016年4月14日夜、副園長の松本充史(あつし)さん(49)は園内の動物病院で約2週間前に未熟な状態で生まれたばかりのミミナガヤギの赤ちゃんにミルクを飲ませていた。震度6弱の突然の揺れに襲われたのは午後9時26分。松本さんは子ヤギを抱え急いで屋外に逃げようとしたが、立っていられず2階の踊り場にうずくまった。何とか外に出ると、真っ暗闇の中、異常を示す青色や赤色のランプがあちこちで点灯。地下の給水管は壊れ、地面には川のように水が流れていた。

 「とんでもないことが起きた」。異様な光景に言葉を失いながら、真っ先に向かったのはトラやライオンなどがいる猛獣舎だった。他の職員と確認して回り、動物たちが逃げ出していないことに胸をなでおろしたが、ツイッターなどSNSで「ライオンが放たれた」というデマが流れたため、住民から電話が殺到した。

 動物の餌は備蓄があったが、給水管が壊れて断水したため、職員総出で園に隣接する江津湖(えづこ)から水をくんで飼育舎に運んだ。九州各地の動物園や水族館からも給水タンクなどが届いた。「何とかなりそうだ」。水の確保のめどがたった直後の16日未明、2度目の激震が襲った。震度6強の本震だった。

 園内では至るところで地盤沈下や地割れ、液状化が起きた。動物たちも食欲がなくなったり暴れ回ってけがをしたりするなど急激な環境の変化におびえていた。「動物たちの安全と健康をどう確保するか、目の前の対応で精いっぱいだった」。さらに市職員である約80人の園職員は園の復旧や動物のケアだけでなく、避難所の運営や被災家屋の被害調査などにも追われた。

地震でひび割れが生じた熊本市動植物園内の通路=熊本市東区で2016年4月20日午後1時46分(熊本市動植物園提供)
地震でひび割れが生じた熊本市動植物園内の通路=熊本市東区で2016年4月20日午後1時46分(熊本市動植物園提供)

 休園を余儀なくされ、来園者がいない園で動物たちを淡々と飼育する日々が続いた。多くの人が日常生活もままならない中、動物園は何のために必要なのか、職員は自らに問い続けた。

 答えを教えてくれたのは子供たちとの交流だった。

 地震から約2週間後、松本さんは運営を担当する避難所の熊本市立春日小が大型連休後に授業を再開すると聞き、「動物たちとのふれあい授業をやらせてほしい」と提案した。約350人の児童や避難者が集まる体育館にモルモットやウサギ、ヤギを連れて行き「移動動物園」を開催。「モルモットの毛はどうしてふわふわなの?」「ヤギの毛ってこんな感じなんだ」。次々と質問してくる子供たちの姿に感じた。「人が生きていこうとする気持ちというのは、何かへの興味や学びたいという前向きな気持ち、面白いと思う好奇心だと気付かされた。それこそが僕たち動物園が与えられるものだ」

 園は被災から10カ月後の17年2月に部分開園し、18年12月に全面開園にこぎ着けた。地震があった16年度には10万人を切った来園者は、19年度には約65万人にまで回復したが、20年にはコロナの影響で再び休園に追い込まれた。今度は移動動物園もできない状況に陥ったが、全国で唯一飼育している中国のサル「キンシコウ」などの姿を動画投稿サイト「ユーチューブ」で配信するなど工夫をこらした。「自分たちの果たすべき役割は地震の時と同じ。家の中にいても、何かにワクワクする気持ちを失ってほしくない」

熊本地震直前に生まれたミミナガヤギを見つめる熊本市動植物園副園長の松本充史さん=熊本市東区で2021年4月16日午後4時21分、城島勇人撮影
熊本地震直前に生まれたミミナガヤギを見つめる熊本市動植物園副園長の松本充史さん=熊本市東区で2021年4月16日午後4時21分、城島勇人撮影

 園の復旧工事には約9億円を要した。「被災者支援に回せる税金を使って復旧すべきなのか、何度も自問した。被災して、動植物園が本当に必要なのかを考えざるを得ない状況があったからこそ、自分たちの役割に気付けた」。そう言い切る松本さんの視線の先に、動物たちに笑顔で駆け寄る子供たちの姿があった。【栗栖由喜、城島勇人】

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