特集

新型コロナウイルス

新型コロナウイルスのニュース、国内での感染状況を報告します。

特集一覧

羽生結弦「被災地代表は嫌だ」 12年発言、コロナの今振り返る

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
エキシビションで演技をする羽生結弦=丸善インテックアリーナ大阪で2021年4月18日(代表撮影) 拡大
エキシビションで演技をする羽生結弦=丸善インテックアリーナ大阪で2021年4月18日(代表撮影)

 フィギュアスケート男子で冬季五輪2連覇中の羽生結弦(ANA)が18日、オンライン取材に応じ今季を振り返った。羽生にとっては、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスで疲弊した社会は、自らも被災した10年前の東日本大震災と重なる部分が大きかった。羽生は「抽象的な話になってしまうんですけど……」と切り出すと、自らの歩みを踏まえて言葉を紡いだ。【倉沢仁志】

 「僕が世界選手権で初めて3位になった時がちょうど、もう9年も前のことになります。その時思ったことと同じようなことを、また(震災から)10年の節目ということもあって改めて思った」

 羽生が挙げたのは、ファンの間では「出世試合」として知られるフランス・ニースで行われた2012年の世界選手権でのことだ。当時17歳で初出場ながら銅メダルを獲得。そこから羽生のシニアでのサクセスストーリーは加速していった。

 「僕はあの時、もっともっと若くて『被災地代表は嫌だ』って。『日本代表で自分の力で取った派遣なんだから、被災地代表って言われたくない』という気持ちももちろんあった。自分自身でいろいろなものを勝ち取りたいと強く思っていたんですけど。最終的に、その感謝の気持ちがすごく出てきて。僕が応援している立場じゃなくて、応援されているんだと(感じた)」

 羽生は被災直後、避難所生活も経験した。競技を「やめてしまおう」とさえ思ったという。滑る意味を探し続け、答えの一つが「ニース」にあった。今季も同じような感情が芽生えたようだった。

 「今回、自粛期間だったり、または試合(グランプリシリーズ)を辞退したり、そういったことをしている中で、ニュースや報道をみてコロナというのがどれほど大変なのか、またはそれとどうやって向き合っていくのか、それぞれの方がどのように苦しんでいるのか、いろいろなことを考えながら過ごしていた。結果として、自分が滑っていいのかなと。自分が滑ることによって、何かの意味をちゃんと見いだしていければ、それは自分が存在していい証しなのかなって、ちょっと思いました」

 羽生は今年3月11日に合わせて、コメントを出した。「簡単には言えない言葉」としながらも「僕は、この言葉に一番支えられてきた人間だと思う。その言葉が持つ意味を、力を一番知っている人間だと思うので、言わせてください。頑張ってください。あの日から、皆さんからたくさんの『頑張れ』をいただきました。本当に、ありがとうございます。僕も、頑張ります」と思いをつづった。この時のメッセージには、現在の社会への思いも詰まっていた。

4回転半に懸ける思い

 「それ(新型コロナ)と付き合っていくには、やっぱり、できればゼロになることが一番だとは思うんですけども。それでも進んでいかなければいけないですし、立ち向かっていかなければいけない。ある意味、僕の4A(4回転半ジャンプ)じゃないですけど、挑戦しながら、最大の対策を練っていく必要があるんだなということを感じていて。震災10年を迎えて、自分自身コメントを考える時に、どれほど苦しいのか、どんな苦しさがあるのか。それを本当に思い出してほしいと思っている人がどれほどいるのか。思い出したくない人もいるだろう。いろいろ考えた。それって今のコロナの状況と変わらないんじゃないかな、と僕は思った」

オープニングに登場した羽生結弦=大阪市の丸善インテックアリーナ大阪で2021年4月18日(代表撮影) 拡大
オープニングに登場した羽生結弦=大阪市の丸善インテックアリーナ大阪で2021年4月18日(代表撮影)

 今季の羽生は、世の中を明るくしたいという思いからショートプログラム(SP)はロック調の「レット・ミー・エンターテイン・ユー」を採用。来季も継続意向のフリー曲「天と地と」で「皆さんがどういうふうに受け取ってくれるかは、皆さんそれぞれでいいと思っている」と語るように滑りにメッセージを込めた。それは来季も変わらない。

 「(来季のSPは)率直に、考え中です。ピアノ曲に戻したいとかそういうことだけではなくて、やはり、このプログラム(今季のSP)は、こういう中だからこそ、やりたいと思ったものなので。この状況がどうなっていくか、自分自身の気持ちがどう変化していくか。またはスケートをやる上で、何を表現したいのかということをまた考えながら、選んでいきたい。僕は言葉のプロではなくて、どちらかというとスケートで表現したいので、できればスケートで表現できる道がとれればなと思う」

 来季を見据え17日の公式練習では国内では初めて公の場で4回転半に挑戦した。19年12月にイタリア・トリノの地で見せて以来だった。「バタン」と体を氷に打ち付けるような度重なる転倒にも、何度も立ち上がりチャレンジした。それも、1年4カ月前とは異なり、フリーのプログラムを意識したような一連の滑りの中での挑戦だった。

 「(16日の)フリー終わった段階で、体がそんなに疲れていなかった。(大会後は国内で)また1人で練習することになると思うので。そういう中で、やっぱり刺激が少ない中でやるよりも、刺激があるすごい上手な選手がいる中でやった方が自分のイメージも固まりやすいかな、というような意味を持っていた。実際やってみたら全然、良い時のジャンプにはならなくて非常に悔しかったんですけど。もっと良いです、本当は。本当はもっと(成功に)近くなっていると思う。はっきり言ってめちゃくちゃ悔しかった。良いジャンプができなくて。この悔しさをバネに、若い時みたいですけど、本当にがむしゃらさも備えつつ、冷静にいろんなことを分析して、自分の限界に挑み続けたいなと思う」

 わずか3戦で幕を閉じた今季。だが、それぞれの大会で羽生が得たものは大きい。北京五輪を控える来季に向けて、歩みが止まることはない。未到の地に向け、羽生は翼を広げて「その時」を目指す。

【新型コロナウイルス】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

注目の特集