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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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世界で最も長い歴史を誇るマラソン大会は…

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 世界で最も長い歴史を誇るマラソン大会は米ボストン・マラソンである。1897年に始まり、2度の大戦中も実施されてきた。日本人の優勝は過去8人。第1号は1951年、宇都宮市の田中茂樹さん(90)である。「ゴール地点がようわからんでね。何着で入ったのかも、後で知りました」▲広島県敷信村(しのうそん)(現庄原市)の農家に生まれた。原爆が投下された日、トラックに積まれた遺体が続々と寺に運ばれ、焼かれていたのを覚えている▲「ボストン」への参加には、日本マラソン界が日本人の能力と戦後復興への意志を世界に示す狙いがあった。ただ、占領下の日本には派遣資金がない。地元広島の人々やハワイの日系人が寄付を集めてくれた▲ボストンに着いた田中さんは、国防総省関係者から被爆状況や日本人の思考について聴取される。「戦争の好きな日本人はおりません」と田中さんが言うと、相手は「日本人に戦争嫌いがいるのか」と不思議そうにしていたという▲田中さんの足袋が米国人の興味を引いた。「指が2本と思われたようで、ゴールの後、周りが脱げ、脱げ、言うんじゃ」。足袋を脱ぐと、米国人は「俺たちと同じじゃないか」と言った。田中さんの快挙は、体の形や戦争観が何ら米国人と変わらないことを伝えるに十分だった▲きょう19日であの勝利から70年になる。大会は昨年、新型コロナウイルス禍で中止され、今年は秋に延期となった。スポーツが相互理解に果たす役割を考えると、コロナが一層恨めしい。

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