“自炊の神器”はこれだ! 服部みれいさんと按田優子さんが対談

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オンラインで対談する服部みれいさん(左)と按田優子さん 拡大
オンラインで対談する服部みれいさん(左)と按田優子さん

「きょう何食べよう?」の迷いが消える

 新年度、1人暮らしを始めた人の最初の壁は、毎日の食事作りかもしれない。そうでない人も、続く外出自粛で自炊の機会は増えている。ところが、食べるのは好きでも、自分で作るとなると自信がない、面倒だ……という声も聞こえてくる。自炊はもっとラクに、自由になるはずだ。

 東京・裏原宿から岐阜県美濃市に移住した文筆家・服部みれいさんは、米、野菜、みそなどなるべく自分で作る暮らしを試みる。毎日新聞「日曜くらぶ」の連載をまとめた本「好きに食べたい」はその実践の記録と、各地で独自のライフスタイルを展開する人たちの様子を伝えている。

 人気店「按田餃子」店主で料理家の按田(あんだ)優子さんもその一人だ。按田さんは本や雑誌で、肉や野菜を塩漬けにしたり、干したり蒸したりして、食べつなぐレシピを紹介している。食品加工の専門家としてペルーのアマゾンでフィールドワークの経験もある。もっと自由に、自分らしく。特別なスキルも手間もいらない。ちょっとしたアイデアで、日々のごはんが劇的においしくなる自炊の秘訣(ひけつ)とは。服部さんと按田さんが語り合った。

服部みれいさん=川島小鳥さん撮影(「好きに食べたい」より) 拡大
服部みれいさん=川島小鳥さん撮影(「好きに食べたい」より)

服部さん(以下、服部) 「漬ける」「干す」「蒸す」という按田さんのアイデアを取り入れてから、料理が格段においしくなりました。今日の晩ご飯は、蒸しておいた里芋の皮をむいて、モズク、干し大根、紅ショウガ、古漬けなんかを入れたスープで済ませたけどそれで十分でした。

按田さん(以下、按田) いろいろなうまみが出てそうです。

服部 浸した豆や野菜の塩水漬けがあるだけで、時間がない時もちゃちゃっと作れる。きのこ類を竹串に刺して干すのも実験みたいで楽しいし、これまでと違うテンションで料理をしています。まさに台所に自由が来た! 本当に感謝しています。

按田 ありがとうございます。

服部 どうしてこんなにおいしくなるのか考えたのですが、一つの料理の中に時間の経過が入っているのかなと。味にレイヤーを入れていくマジックみたい。それでいて全然難しくない。

按田 塩だけで説明しがたいうまみが出ますよね。たとえば白菜を買ってきたら、その半分を(重さの)2~4%の塩を振ってジッパー付きの袋で密封するだけです。

服部 それを麺に入れたり、スープに入れたり、炒め物にしたり。

1人暮らしの最初にせいろ

按田優子さん=本人提供 拡大
按田優子さん=本人提供

按田 20代で1人暮らしを始めた時、最初にせいろと中華鍋を買いました。中華鍋は何でもゆでられそうだし、せいろは昔から祖母が使っていたのでなじみがあった。

服部 お若い時からセンスがよかったんですね。進んでる!

按田 お風呂もないボロアパートで電子レンジを使ったらブレーカーが落ちるので、冷やご飯を温めるのもせいろで。

服部 せいろで温め直すとおいしいですよね。普段は他にどんなものを入れますか。

按田 お芋、お豆、穀物類と、すぐ使わないものもいくつか入れておきます。里芋が食べたくなっても、ゆで時間がかかると思うとやる気が落ちるけど、蒸してあれば、つるっと皮をむくだけで里芋のおみそ汁ができる。蒸すのは、多少長くやっても支障がないから家事や仕事をしながらできる。

服部 大間違いがないですよね。按田さんの「たすかる料理」を読んで思ったのは、たすかるうえに、ゆるされている。異国情緒があるのに、懐かしい。やさしいし、気取らない。それは「チチャロン」にも象徴されている。家の中に、野外でするたき火料理の感覚が入ってくる感じ。

按田 まさにそうです。チチャロンは皮付き豚バラ肉の塊をゆで汁がなくなるまでゆで、脂身でカリカリに焼く。南米ではどこでも売られているなじみのあるもの。味付けは塩のみ、やり方は何でもいい。もともと豚肉に信頼を寄せていたので、チチャロンを軸に献立を考えるようになりました。

服部 私も作りました。途中、ゆで豚の段階で汁も使ってビーフンを作り、その後、焼いたのも楽しみました。保存がきくからしばらく食べつなげる。按田さんのレシピがすごいのは何分とか火加減はどうとか一切なしで、めちゃくちゃおおらかなところ。気を付けるのは塩水漬けなどを作る時の塩のパーセンテージくらい。

按田 多分、料理が得意じゃないからです。細かく切るとか、水、火の加減を見るのも、集中力、やる気が続かない。

服部 まったく一緒です。いつも気が散っている(笑い)。

按田 だから、ほったらかしても勝手に調理が進んでいてほしい。豚肉をゆでる上にせいろを置いて気分のものを加熱する。適宜それらを組み合わせて食べるのが自分には合っていた。生き延びるためのライフラインです。

按田式蒸籠(せいろ)の使い方=「たすかる料理」より
按田式蒸籠(せいろ)の使い方=「たすかる料理」より

おいしい、簡単、自由な自炊

服部 おいしい、簡単、自由。バーベキューみたいな感覚でじゅうぶん自炊ができる。かつて日本の農村でもそんなふうに食べていたのかなと想像しました。

ペルーのアマゾンでの食事の様子。バナナの皮で包んだちまきのような「フアユデネカ」=按田さん提供 拡大
ペルーのアマゾンでの食事の様子。バナナの皮で包んだちまきのような「フアユデネカ」=按田さん提供

按田 ペルーの奥地もそうでしたが、農村では皆で野良仕事をして皆で食べる。まきも限られているから、朝火をつけたら夜まで絶やさず、その時々の火の強さで料理を変える。とても理にかなっている。それを1日皆が見ていたら、自然と受け継がれていきますよね。

服部 岐阜の郡上八幡(ぐじょうはちまん)という、三日三晩徹夜踊りをするディープな場所に、みそ煮という郷土料理があります。いりこだしに、豆腐、蒸すかゆでるかした里芋の残り、白菜の古漬けなどを入れて煮て、ぐじゅぐじゅになったのをご飯にかけて食べるんですが、すごく懐かしい感じがして、しみじみとおいしかった。さらに翌日は、鍋のままとっておいて卵を割り入れて食べる。スタッフの実家でお母さんがカセットコンロを卓上に置いて実演してくれた時、昔はいろりがあったんだなと思った。火を使いながら工夫して暮らしていたんですよね。

按田 家のどこに火があるか。台所の配置は料理の最終的な面構えに反映されるように思います。都会の1人暮らしの部屋なら、入るとまず冷蔵庫と電子レンジ、その先にIHのコンロ1台、30センチ角のシンクだとすると、古漬けを入れるような煮込み料理はきっと思いつかないでしょう。

服部 そうかもしれません。日本でいま一番多いのは単身世帯だけど、家族がいても「孤食」の人は多いでしょう。カセットコンロもですが、せいろを一つ持っていたらすごく便利じゃないかな。

按田さんの普段のせいろ=按田さん提供 拡大
按田さんの普段のせいろ=按田さん提供

按田 小さいお子さんがいるお店のスタッフとよく話すんです。ゆで豚とせいろをセットしておけば、そこから枝分かれしていろいろできる。好きな時に、好きな味付けで、好きな分だけ食べていいよと子どもに教えたら自立も早いんじゃないかって。

服部 それいい! 按田さんのせいろの図をぜひ小学校の教科書に載せて、1人に一つせいろをプレゼントしたいくらい。

冷蔵庫の電源を切って考えた

服部 東日本大震災の後、冷蔵庫の電源を半年ほど切った時、どれだけ冷蔵庫まかせで生きていたかを思い知らされた。なのに、相変わらずいまも賞味期限切れのものが出てくる。

按田 私もです。

服部 何度も繰り返してしまう。最近ようやくコンポストをやり始め、生ゴミを出さないようにしたらどこかすがすがしいんですよね。

按田 冷蔵庫は、自分と母親との関係に似ているなと思いました。私の母親は家族のサンドバッグみたいというか、甘えられる存在で、家族全員の要望に応えていた。兄2人と私があれもこれも食べたいと言うから、6人家族で冷蔵庫が3台ありました。

服部 すごいお母さん!

按田 それで、1人暮らしになったら買いすぎてしまった。でも冷蔵庫は受け入れてくれるから入れておく。しまいには、冷蔵庫に入れたのに腐っちゃった、しょうがないから、捨てるしかない、私のせいじゃない、となぜか自分のせいじゃなくなっている。母親に甘えている時の自分とまるで一緒だなと。

服部 なるほどー。見事なたとえです。

按田 自分で買ったものを忘れる。自分をコントロールできないなら自立なんてできないと思って、冷蔵庫を切りました。コンポストがあると、むいた皮は土に返そうとか、行き先が見えるようになりますね。

服部 土が循環してくれます。お母さんがサンドバッグなら、土は何でしょうね。やっぱり、循環している状況がちゃんとあったり、自立して生きていたりした方が潔いというか、もやもやがない。

按田 自立というのは、何でも1人でできるようになるだけじゃなくて、自分ができないこともわかることかと思っています。

服部 身の丈に合っていることだけちゃんとやる。自分のことに100%責任を持つということですかね。按田さんの本には「買うと負け」というのもよく出てきます。東京に住んでいても、ムカゴ、ヨモギ、大根葉みたいなのを採取して食べている。梅も拾ったら一つから梅干しにするそうで。

按田 梅は拾うに限りますよ。その時にしか会えないものが好きなんです。旅先で誰かと出会うのと似ています。そのご縁を生かすも殺すも、はっきり言ってどっちでもいいんですけど、ひょんなことで出会った旅の連れみたいな感じがいい。

服部 それとスーパーにあるものの違いは何でしょう。

按田 自分で価値を決められることでしょうか。流通に乗ると値段が付いてしまう。ブランドだから高い、何製だから安いとか。でも、お金以外の基準も持っていたい。いまの基準が転覆して、1万円出しても、あなたに大根は売らないと言われてしまう日が来るかもしれません。

服部 まさに、それ目前な気がしますよ。

按田 だから、自分以外の誰かが決めた価値に合わせてばかりいると、よくわからなくなっちゃうなと思うんです。

自炊は自分を知る第一歩

服部 誰かの価値に乗っかっている場合じゃないぞってことですね。按田さんはどうしてそこに行きつけたのですか。

按田 もしかしたら、モテなかったからかもしれないです。誰も注目してないし、誰にも迷惑かけてないんだから、好きなようにやればいいかなと。

服部 それがここにつながった!? 按田さんの文章に「私にとっては料理は学問でも道でもないのです。しいていえば、台所で個人的な神話をつむぐようなものです」(「たすかる料理」)とあって、イスから転げ落ちるくらい衝撃を受けました。本当に、いま、個人的な神話をつむがずにどうする! 誰かの提案を生きてどうする!と言いたい。

按田 最初から誰が読んでくれるか見てくれるかわからない状態なので、本当にただただ1人で神話をつむいでいる感じなんですよ。

服部 かっこいい……。

按田 でも家のことってそうじゃないですか。誰かに見られるためにやるわけではない。いまはインスタグラムとかもありますが。

服部 SNS(ネット交流サービス)は私も楽しく見ていますけど、つい、あれに圧迫感を持つ人の気持ちになってしまう。立派な料理を作れることは素晴らしいけど、それを自分もやらなきゃ、やってないとだめと思う必要はまったくない。按田さんも「ご飯とみそ汁という献立を捨てた」と書いていますが、レシピ通り材料を買って分量を測り、ご飯とみそ汁、メインと副菜を食卓に並べなきゃっていうのは、ここ何十年のことなんじゃないでしょうか。否定はしないけど、もっと自由でいいんじゃないかと思うんです。

按田 「妻は料理が得意じゃなくて毎回味が定まらないのでアドバイスください」と聞かれたことがあります。でも、ちゃんと火が通っていればそれでいいのでは。味付けは体質や体調によって変わるし、人のスキルをそういうふうに言わないでほしいなと。

服部 毎回同じにはできませんよ。機械じゃないんだから。

按田 だから、せいろでいろいろ加熱しておいて、めいめいに味付けをして食べたらいかがですか、と答えました。

服部 ふかしてあったお芋を好きに味付けして食べる。それを夕食だとして、何がいけないんだって思う。自分に子どもがいたら、テーブルに鉄板を置いておいて、食材置き場から好きなもの選んで食べなさいねって言います。

按田 野生動物はそうしていますよね。

服部 それが食べることの基本だし、逆にそれすらできなくなっているとしたら、ちょっと危ういんじゃないかな。誰かに何かを任せてしまっている。あるいはすごい料理が料理だと思い込んでいる。それでも「どこから始めたらいいかわからない」という人に、按田さんならどんなアドバイスをしますか。

按田 料理に限らず、自分がどういうものが好きか言えるのが第一歩かなと思います。「好きに食べたい」で一番印象的だったのは、ある日スタッフに「15分以内に、これをやらないと一生後悔すると思うことを書いてみて」と言って、皆がばーっと書く場面でした。改めてそういうことを考えるのは大切ですよね。自炊すると、何が好きか、どうしたいのかを考えるようになる。まずは、何でもいいから軸を作る。私はチチャロンでしたが、納豆卵ごはんでもいいんです。

服部 自分がやれそうなものから広げていけばいいんだ。

按田 軸を作ると諦めるものも出てきます。私は家で葉物は諦めていて、その代わり、外で食べたり、乾物で補っています。按田餃子の「ゆで青菜」というメニューは私が食べたいから(笑い)。普段はもっぱらおみそ汁とお芋とかです。

服部 按田さんには漬物と竹串と油の神様がついている気がします。

按田 脂といえば、サバ缶のみそ汁は水煮を入れるだけで簡単でおいしいですよね。

服部 大好きです!

按田 長野でサバ缶の山菜鍋を食べました。サバ缶とみその鍋に、あく抜きもしない山菜をドサドサ入れていくんですが、サバの脂とすごく合う。

服部 今度やってみよう。ナスを油でギトギトに揚げて、みそ汁に油ごとダッと入れてジャッとなったのもおいしいですよ。シソを入れたりして、夏はそればかり食べています。

按田 食欲わきそうですね。そうやって一つ覚えちゃえば簡単ですよね。ワンパターンだっていいじゃないですか。

(2021年3月5日に行われた本屋B&Bのオンライン対談の一部を編集しました。構成/毎日新聞出版・柳悠美)

プロフィル

服部みれい(はっとり・みれい) 岐阜県生まれ。こころとからだにまつわる雑誌や本を出版。2008年春、「murmur magazine」を創刊。10年、冷えとりグッズと本のウェブショップ「マーマーなブックス アンド ソックス」をスタート。15年春、岐阜県美濃市に編集部ごと移住。近著に「わたしと霊性」「みの日記」。

按田優子(あんだ・ゆうこ) 東京都出身。飲食店の工房長、乾物料理店でのメニュー開発などを経て2011年に料理家として独立。12年、東京・代々木上原に仲間と「按田餃子」をオープン、人気店となり二子玉川にも出店。著書に「たすかる料理」「食べつなぐレシピ」など。

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