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渋沢栄一を歩く

「日本資本主義の父」と呼ばれ渋沢栄一の生涯を、生まれ故郷・埼玉県深谷市を中心とした取材からたどります。

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渋沢栄一を歩く

/16 経済の3改革/下 藩札で物流活発に /埼玉

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興譲館の校門(学校法人興譲館所蔵)。渋沢栄一が揮毫(きごう)した「興譲館」の扁額(へんがく)が掲げられている=岡山県井原市教育委員会提供
興譲館の校門(学校法人興譲館所蔵)。渋沢栄一が揮毫(きごう)した「興譲館」の扁額(へんがく)が掲げられている=岡山県井原市教育委員会提供

 一橋家の財政改革として3事業を提案した渋沢栄一。播磨の年貢米卸先の改良、備中の硝石製造に次いで着目したのは、播磨の木綿の流通方法だった。

     ◇

 播磨は全国有数の綿作地帯で、木綿を特産としていた。隣の姫路藩は、木綿反物を藩の専売制として大阪や江戸で大口の取引をしたため高値で安定していたが、一橋領では領内の村人が個別に大阪で売っており、安く買いたたかれることも多く、生産量も少なかった。

 栄一は、一橋家が木綿農家から高く買い取り、大阪や江戸では安く売る仕組みを作れば、生産が盛んになって領民も潤うと考えた。そのためには、売買をより簡便にして物流を活発にしたい。そこで活用したのが藩札だった。

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