特集

東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災。復興の様子や課題、人々の移ろいを取り上げます。

特集一覧

ロック魂で突っ走れ 福島から避難、アメリカンバー店主の望郷

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
店のカウンターの前に立つ石澤修英さん=埼玉県春日部市中央の「ファニーガンズ」で2021年4月1日午後4時29分、武田良敬撮影
店のカウンターの前に立つ石澤修英さん=埼玉県春日部市中央の「ファニーガンズ」で2021年4月1日午後4時29分、武田良敬撮影

 東京電力福島第1原発事故の影響でこよなく愛した福島県浪江町を離れ、避難先の埼玉県春日部市で2015年にアメリカンバーを開いた男性がいる。石澤修英(しゅうえい)さん(58)。ハンバーガーなど自慢の料理と1970~80年代の音楽を売りに笑顔で客をもてなす。古里の海山と仲間との集い、そして大切な人たちを奪われた悔しさを胸に沈めて。「俺は俺で動く」。「ロック魂」で疾走してきた10年とは――。【武田良敬】

原発から逃れ、たどり着いた春日部

 石澤さんの店「ファニーガンズ」は東武鉄道・春日部駅に近い飲食店ビルの4階にある。3月末の夕方、テーブルが4~5卓のフロアにギターとシンセサイザーによる生演奏と歌が響いた。ビートルズの「イン・マイ・ライフ」や、カーペンターズの「イエスタディ・ワンス・モア」……。男女2人組のプロユニット「ペガサス」による久々のライブだった。新型コロナウイルス対策のために客は限定した十数人。常連の50代女性は「心のオアシス」と笑顔で話し、ペガサスのたく渡辺さん(62)も「生きている実感が持てた」と満足そう。石澤さんはここまでの道のりを思った。「まあ良かったけれど、振り回され過ぎだ……」

 ♩  ♩

 福島第1原発から約9キロの浪江町で生まれ育った。高校卒業後、東京で働き22歳で帰郷。町内でバー兼スナックを2年ほど営んだ後、従業員15人の電設会社に就職した。26歳で結婚。2男1女を育てる一方、技師の資格を取り、業績を上げて40代半ばで社長を任される。休日は海釣りや、仲間と組むロックバンドのギター兼ボーカルとして町のイベントにも出演する幸せな日々だった。

 11年3月11日――。自宅から約20キロ南にある第2原発の現場で激震に見舞われた。…

この記事は有料記事です。

残り1292文字(全文2020文字)

【東日本大震災】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る
この記事の筆者
すべて見る

注目の特集