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あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

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東京・春・音楽祭 リッカルド・ムーティ イタリア・オペラ・アカデミー ヴェルディ「マクベス」

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東京・春・音楽祭におけるイタリア・オペラ・アカデミーも2回目。「マクベス」をテーマに作品の神髄を伝えたムーティとそれに応えた出演者たち (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡
東京・春・音楽祭におけるイタリア・オペラ・アカデミーも2回目。「マクベス」をテーマに作品の神髄を伝えたムーティとそれに応えた出演者たち (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

 聴く者を圧倒する演奏というのはまさにこの日のリッカルド・ムーティ指揮による「マクベス」のようなものをいうのであろう。彼を中心にキャストの歌手、合唱、そしてオーケストラが混然一体となって渦巻くように作り上げていく音楽空間は圧巻のひと言に尽きた。終演後、客席は総立ち。飛沫(ひまつ)防止のためブラボーは禁止されていたが(感動で気持ちを抑えられなかったのか、上階の一部から少しだけ声も聞こえた…)、盛大な喝采はオーケストラや合唱団が退場しても鳴りやまず、ムーティがステージに呼び戻されていた。取材したのは19日の公演。

 これまでもムーティが指揮するオペラで何度か同様の体験をしているが、それはミラノ・スカラ座などとの公演であり、世界的スター歌手が集い、オペラを、そしてヴェルディを熟知したオケや合唱とともに作り上げたステージであった。ところが今回、主要キャストは別にしても臨時編成された日本の若手主体のオケと合唱を指揮してここまでの完成度に高めた彼の手腕は驚嘆すべきものであろう。振り返ってみると、スカラ座はムーティが音楽監督を退任して以降、別の指揮者と日本公演を行っているが、彼が作り出したような演者すべてが一体となった圧倒的な音空間が聴けたことはなかった。それが、コロナ禍の日本で再現されたのである。それだけに聴衆に与えたインパクトは大きかった。

アナスタシア・バルトリ(マクベス夫人・左)とルカ・ミケレッティ(マクベス) (C)東京・春・音楽祭実行委員会/飯田耕治
アナスタシア・バルトリ(マクベス夫人・左)とルカ・ミケレッティ(マクベス) (C)東京・春・音楽祭実行委員会/飯田耕治

 歌手で最も印象に残ったのはマクベス夫人役のアナスタシア・バルトリであろう。経歴を見ると2016年ヴェローナ音楽院卒業とあるので、若手の範ちゅうに入るのだろうが、その存在感は抜群であった。伸びのある声を駆使し、表情の変化も交えて迫真の歌唱でマクベス夫人の狂気を表現。9日の作品解説会でムーティが指摘していたポイントをしっかりと押さえた上で、時折、オケと合唱のフォルティシモを凌駕(りょうが)するような強い声も効果的に使うなど、濃厚なタッチでこの役のキャラクターを描き出していた。

 題名役のルカ・ミケレッティは派手さこそないものの過不足を感じさせない声量と安定した音程でマクベスの苦悩をしっかりと表出していた。また、ムーティの指導を受けていたアカデミー生でもある芹澤佳通(マクダフ)、城宏憲(マルコム)、北原瑠美(侍女)の3人も出演。解説会の時とは別人のような歌唱と立ち居振る舞いで思わず同一人物かと目を凝らして確認したほどの成長ぶりを見せていた。巨匠の精神をしっかりと受け止め、その指導内容を実践した成果が表れていた。

出演者の退場後、拍手に応えて再び舞台へ姿を見せたムーティ (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡
出演者の退場後、拍手に応えて再び舞台へ姿を見せたムーティ (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳聡

 コンサートマスターを長原幸太(読響コンマス)が務めた東京春祭オーケストラは、直江智沙子(神奈川フィル第2ヴァイオリン首席)、金子亜未(読響首席オーボエ)、福川伸陽(N響首席ホルン)、辻本憲一(読響首席トランペット)、ザッカリー・ガイルス(新日本フィル首席トロンボーン)といったオケ・ファンにはおなじみの腕利きプレイヤーを軸に若手音楽家が主体のメンバー構成であったが、彼らの演奏がまた驚きであった。臨時編成であるにもかかわらず、オペラ劇場のオーケストラのような繊細な表情付けとダイナミックな動きを自在に行うことができる一体感には目を見張るものがあった。とりわけ弱音の箇所、例えば弦楽器の弱いトレモロによって暗い森の木々や葉がザワザワとするような雰囲気を醸し出すなど、場面に応じた空気感までをも醸成するほど表現力は素晴らしかった。これもムーティが指し示す方向性にメンバー全員が心を合わせて向き合い、渾身(こんしん)の熱演を繰り広げた成果であろう。9日の解説会ではムーティの作品に対する愛情、演奏法についての確固たる信念に筆者ですら大いに心動かされたわけだが、一定期間その指導を濃密に受けた歌手、オケ、合唱のメンバーたちは多くのことを学び、感じ取ったのであろう。その結果、演者全員が混然一体となった圧倒的な演奏を可能にしたことは間違いない。この公演が3度目の緊急事態宣言発出前に行われて本当によかった!

公演データ

【東京・春・音楽祭 リッカルド・ムーティ イタリア・オペラ・アカデミー ヴェルディ「マクベス」演奏会形式上演】

4月19日(月)18:30 、21日(水)18:30 東京文化会館大ホール

指揮:リッカルド・ムーティ

マクベス:ルカ・ミケレッティ

バンコ:リッカルド・ザネッラート

マクベス夫人:アナスタシア・バルトリ

マクダフ:芹澤佳通

マルコム:城 宏憲

侍女:北原瑠美

医者:畠山 茂

召使い/刺客:氷見 健一郎

伝令/第1の亡霊:片山将司

第2の亡霊:金杉瞳子

第3の亡霊:吉田 愼知子

合唱:イタリア・オペラ・アカデミー合唱団

合唱指揮:キハラ良尚

管弦楽:東京春祭オーケストラ

ヴェルディ:歌劇「マクベス」全4幕演奏会形式上演(イタリア語・日本語字幕付き)

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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