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ビンラディンファイル/1 急襲作戦 米大統領、暗闇の15分

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 国際テロ組織「アルカイダ」を率いたウサマ・ビンラディン容疑者が米軍に殺害されて5月で10年になる。オバマ大統領や閣僚、関係者の著作や報告書などをもとに、9月で米同時多発テロから20年の節目となる一連の事件を振り返る。

 ▼ヘリは飛び立った

 2011年5月2日未明。パキスタン北部のアボタバードにある隠れ家。黄色い花のカーテンのかかる母屋3階の外を何かが横切ったように感じた。嵐のような音もする。ビンラディン(54)の脇で寝ていた5番目の妻アマル(29)は、部屋の明かりをつけようとした。「ダメだ」。ビンラディンはこれを制止し、階下に住む息子ハリド(23)に「上に来い」と命じた。

 「米軍が来た」。白いTシャツとパジャマ姿のままハリドは銃を持ち父の寝室がある3階に駆け上がる。別室で寝る子供たちの様子を見てアマルが部屋に戻ると、10人ほどの家族が集まり祈りをささげ始めていた。

 隠れ家は高さ3~5メートルの外壁に囲まれ、敷地は4000平方メートルほど。3階建ての母屋にビンラディン一家が、離れに護衛夫妻が住んでいた。庭には鶏や乳牛が飼われ、菜園もあった。成人男子4人を含む総勢27人が暮らしていた。

 「彼らの目当ては私一人。この部屋から離れなさい」。家族を前にビンラディンは言った。常日ごろから「夫とともに殉教する」と話していたアマルは部屋にとどまる。この日は新月の夜。停電も重なり、あたりは漆黒の闇に包まれていた――。

 パキスタン国境に近いアフガニスタン東部のジャララバード基地。2機のヘリコプター、ブラックホークが飛び立ったのは、冒頭の急襲…

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