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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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「蝶々や順礼の子のおくれがち…

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 「蝶々や順礼の子のおくれがち」。巡礼の道中、ひらひらと舞うチョウに目を奪われる幼子を詠んだ子規の句である。どこへ行くのだろう。決まった道があるのだろうか。そんな独り言が聞こえてくる▲動物行動学者の草分けである日高敏隆さんも子どものころ、この疑問にとりつかれた。戦後、大学でチョウを研究し学位を取った。観察し、仮説を立て、実験を繰り返してチョウの不思議を追う旅は生涯続いた▲45歳で書いた「チョウはなぜ飛ぶか」(岩波書店)は、足かけ40年の謎解きを平易な文章でつづる。だが肝心の疑問への答えは書かれていない。「まだ研究の途中にあることについて書きたかった。いろんな失敗や、ばかばかしいまちがいを書きたかった」からだ▲試行錯誤の連続だが、それを楽しめるほど自然は奥が深い。「いつも『科学、科学』『研究、研究』『勉強、勉強』なんていっていたら、人生は灰色になってしまう」と、あとがきに書いている▲「20世紀の人間は『人は教育で育てることが大切だ』と勘違いした」とも語った。「なぜ?」と自ら問い、学んでこそ人は育つと日高さんは考えていた。日本国憲法には教育を受ける権利、受けさせる義務とともに「学問の自由」もきちんと書き込まれている▲だが昨今、研究をめぐる環境は息苦しい。政府はすぐに役立ち国益に背かぬ研究者を育てたいようだ。そんなことでは、環境破壊や戦争のように、人間の愚かさが引き起こした複雑な問題には解を出せない。

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