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日米地位協定

在日米軍に対する特別待遇を定め、さまざまな問題を生む元凶ともされる日米地位協定。見直しを求める声が広がっています。

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米軍ヘリの都心低空飛行は規制できるか 識者の「予想外」の答え

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青木謙知さん=東京都千代田区の毎日新聞本社で2021年3月10日、加藤隆寛撮影 拡大
青木謙知さん=東京都千代田区の毎日新聞本社で2021年3月10日、加藤隆寛撮影

 在日米軍ヘリが東京都心の上空で日本のヘリであれば違法となる低空飛行を繰り返している。渋谷や新宿のビル群をぬうように飛ぶ姿が確認されているが、軍事分野に詳しい航空評論家の青木謙知さん(66)は「米軍は自分の国ではやらない。緊急事態でもなければニューヨークのエンパイアステートビルの横を低空では飛べない」と語る。それでは在日米軍に日本の航空法令を適用して規制をかけるとどういう結果になるのか。米軍を深く知る青木さんから返ってきたのは予想外の答えだった。【聞き手・取材班】

――なぜ米軍ヘリは都心で低空飛行を繰り返すのでしょうか。

 ◆米軍ヘリの都心での飛行自体は今に始まったことではありません。都心の六本木に米軍のヘリポートがあるためです。第二次世界大戦直後に米軍に接収された土地につくられたものです。在日米軍の幹部たちが東京西部にある横田基地や神奈川県にある複数の基地から都心に来るときに使うことが多いです。

 六本木周辺にも高層ビルはたくさんあります。安全確保や騒音の軽減を考えれば、高度を高くして都心を飛んで、ヘリポートの真上から降りたり、離陸時も高く上昇して離脱したりする方がいいと思うかもしれません。ただ、そういう飛び方はエンジンの出力を上げる必要があるため燃料の消費が多くなる。離着陸する際に時間もかかるのです。燃料を節約しつつ迅速に任務を遂行するためには低く飛ぶ必要があるのです。

 米軍機は日本の航空法令が定める「最低安全高度」が適用されません。だから、どれだけ低空で飛ぼうと文句を言うことはできません。ただ、毎日新聞が報じた飛行の映像を見ると、米軍ヘリは低空飛行を頻繁にやり過ぎているような気はします。

軍用機はあらゆるところを飛ぶ

――米陸軍のブラックホークは新宿駅の上空を低空で通過したりします。六本木のヘリポートに立ち寄らずに飛ぶことも多い。米軍は飛行目的を明かしていません。どうみますか。

 ◆理由の一つは、防衛省の本庁舎が新宿区内にあるためのような気がします。防衛省内にもヘリポートがあります。米軍ヘリがそこで離着陸することはほとんどありませんが、有事になれば別です。神奈川県にある米軍基地と防衛省の位置関係を見ると、新宿駅上空が通り道になっていることも十分考えられます。平時から防衛省に着陸するためのルートを確認している可能性はあると思います。

東京都庁第1本庁舎(新宿区)の手前を通過するブラックホーク2機。高度は都庁展望室(高さ202メートル)より低い=都内で2020年7月9日午後1時10分ごろ、大場弘行撮影(写真は動画から) 拡大
東京都庁第1本庁舎(新宿区)の手前を通過するブラックホーク2機。高度は都庁展望室(高さ202メートル)より低い=都内で2020年7月9日午後1時10分ごろ、大場弘行撮影(写真は動画から)

――新宿駅の1日の乗降客は350万人以上で世界最多とされます。迂回(うかい)したり高度を上げたりすればいいのではないでしょうか。

 ◆安全面などを考慮すると、防衛省への到着に時間がかかったとしてもその方がいいかもしれません。ただ、軍用機は緊急事態を想定していろんなパターンの訓練をします。最短時間で防衛省に行くのが訓練目的だったとしたら、危険度が高まったとしても新宿駅上空を飛ぶルートをとることもあり得ます。

 それに陸軍のヘリは任務遂行のために陸上のあらゆるところを飛びます。都市で戦闘になれば高層ビルが林立する中を飛ばなくてはならない。高層ビルの周囲にはビル風が吹いて、気流に乱れが生じます。そういう都市特有の環境に慣れる狙いもあるかもしれません。

ビンラディン氏殺害の特殊作戦でも使用

――そもそもブラックホークとはどんなヘリですか。

 ◆基本任務は陸軍の兵隊を運ぶことです。全長は20メートルほどで10人以上乗れるほど大きい。大砲やジープのような車両をつり下げて運ぶこともできます。日本には神奈川県の「キャンプ座間」に少数が配置されています。その任務は用務連絡飛行です。キャンプ座間の司令官や米国政府の要人らをほかの在日米軍基地や六本木のヘリポートに運ぶほか、基地間の物資輸送にも使います。用務連絡とはそういう雑務をやる仕事です。

――海外では戦闘に参加するのでしょうか。

 ◆米陸軍はブラックホークを1000機以上持っています。役割は所属する部隊の任務によって異なります。基本任務は兵員輸送ですが、ミサイルや機関銃を装備しているものもあります。日本に配備されているブラックホークは戦闘に関わりませんが、アフガニスタンなど紛争地に派遣されている機体は戦闘に参加することがある。米軍は2011年に国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン氏を殺害しました。その特殊作戦にも使われたとされています。

――都心を低空で飛ぶもう一つの米軍ヘリが、海軍のシーホークです。

 ◆神奈川県の横須賀基地に配備されている空母「ロナルド・レーガン」の艦載機です。シーホークは空母が寄港中は神奈川の厚木基地に駐機していますが、空母が出航すれば一緒についていくことになります。役割は主に二つ。一つは海上を飛んで敵の潜水艦を探し出すこと。もう一つは陸上から洋上の艦隊に物資を運んだり、航海中の艦隊の間を行き来して物資を運んだりすることです。

 戦闘にも参加します。哨戒活動で発見した潜水艦が艦隊にとって脅威があると見なせば魚雷やミサイルで攻撃することがあります。任務のほとんどは洋上で行うものです。

東京都渋谷区の代官山町付近を低空で飛ぶ米海軍ヘリ「シーホーク」。機体の後方には高さ約120メートルのマンションが見える=東京都内で2020年12月17日午前11時40分ごろ、大場弘行撮影(写真は動画から) 拡大
東京都渋谷区の代官山町付近を低空で飛ぶ米海軍ヘリ「シーホーク」。機体の後方には高さ約120メートルのマンションが見える=東京都内で2020年12月17日午前11時40分ごろ、大場弘行撮影(写真は動画から)

好き勝手に飛べるのは日本と韓国ぐらいでは

――シーホークは渋谷駅周辺などで低空飛行を繰り返しています。六本木のヘリポートでは着陸してすぐに離陸する「タッチ&ゴー」訓練とみられる行為もしていました。

 ◆六本木のヘリポートから渋谷駅の距離は約2キロ。この距離はヘリなら目と鼻の先の近さです。神奈川の基地から飛んできたヘリは渋谷を通過して六本木に向かいます。だから渋谷駅周辺を低空で飛ぶことが多くなるのでしょう。六本木のヘリポートで「タッチ&ゴー」訓練とみられる行為をするのも、経験のないパイロットが離着陸やルートに慣れるための慣熟訓練をしているように思います。

――シーホークが2機編隊で東京スカイツリーに6回接近し、ツリーを軸に8の字を描いて飛ぶこともありました。

 ◆その様子を動画で見て、敵の潜水艦を探す訓練をしているように思いました。海の中の潜水艦を見つけるのは難しい。シーホークの任務の一つは、洋上に投下された潜水艦探知用の小型ソナー「ソノブイ」が発する電波を受信することです。その際に洋上を8の字を描くように飛んで、この電波を受信しやすい地点を探すのです。この訓練は固定されたポールのような対象物の周りを8の字で飛ぶと効果的です。ところが、海上には動かない対象物がほとんどない。陸上にあるタワーのようなランドマークが訓練にはちょうどいいのです。

――シーホークは渋谷駅や浜松町周辺の高層ビルの間をすり抜けたりもします。米軍ヘリは米国の都市でこうした訓練をしているのでしょうか。

 ◆米軍は自分の国ではやりません。米国にも航空法に基づく規制があります。緊急事態や特殊事情があれば法律の適用除外になりますが、そうではない時は航空法にしばられます。ですから、緊急事態などでもないのにニューヨークの「エンパイアステートビル」の横を低空で通過したりすることはできません。法律違反になります。米軍機が活動しているヨーロッパでも同様にできません。北大西洋条約機構(NATO)のルールにしばられるからです。米軍機がこれだけ好き勝手に飛べるのは、日本のほかには、米軍が駐留している韓国ぐらいではないでしょうか。

――都心の上空を法定高度以下で飛ぶのは危険ではありませんか。

 ◆航空法令上の「最低安全高度」に従えば、人口密集地では建物の突端からさらに300メートルより高く飛ばなくてはなりません。建物からの水平距離も600メートル以上保つ必要がある。これはヘリが十分に安全を確保できる基準として定められたものです。当然ながら地表からの高さや建物からの距離が近くなるほど危険度も高まります。

 とはいえ、米軍ヘリの都心での飛行がものすごく危険かと言われるとそうでもありません。操縦しているパイロットも死にたくはない。自分の命が大事なのです。米軍のパイロットは自分が絶対に安全を保てる範囲で飛ぶ。彼らは自分の技量をしっかり把握しています。つまり、身の程を知っている。

 たとえば、もう少し追いかけると敵機を撃墜できそうなケースがあったとする。でも、これ以上速度を上げて追いかけると逆に自分の操縦が難しくなると思えば無理をしない。そうしたギリギリのラインをよく知っているのです。司令官のような幹部の輸送が任務なら安全面でかなり気を使っているはずです。

東京・六本木の米軍ヘリポートに2回目の着陸をした後、わずか30秒で離陸して南青山エリアを低空で通過する米海軍ヘリ「シーホーク」。後方に見えるのは六本木ヒルズ=東京都港区南青山で2020年8月21日午後0時55分、加藤隆寛撮影(写真は動画から) 拡大
東京・六本木の米軍ヘリポートに2回目の着陸をした後、わずか30秒で離陸して南青山エリアを低空で通過する米海軍ヘリ「シーホーク」。後方に見えるのは六本木ヒルズ=東京都港区南青山で2020年8月21日午後0時55分、加藤隆寛撮影(写真は動画から)

「航空法に従うことが決まっても……どうせ従わない」

――北朝鮮の核開発や中国公船の日本領海侵入など日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しています。米軍は日米安保条約で日本の防衛義務も負っており、日米同盟の重要性は高まっていると日本政府は強調します。日本国民は米軍機の低空飛行を同盟の代償として許容すべきでしょうか。

 ◆在日米軍機の運用の見直しは、日本の安全保障問題や日米地位協定などさまざまなことが絡み合います。手をつけづらい難しい問題ではあります。ただ、日本政府の対応を見ると、弱腰であることは確かです。

 突き詰めれば、日本が第二次世界大戦の敗戦国ということに行き当たります。ただ、同じ敗戦国でもドイツやイタリアは違います。両国はイギリスなど戦勝国とともにNATOという一つの軍事同盟をつくっています。その中に米国も入っている。米軍との関係はNATOという枠組みの中で調整できるのです。

 ところが、日本は米国と1対1の安保条約だけでつながっている。その枠組みの中で米軍に有利な日米地位協定が維持され、在日米軍の国内での基地使用や日本による駐留経費負担などが決められていきます。

 低空飛行問題でも、米軍基地が集中する沖縄県の状況はひどい。日本政府は昔からさまざまなことを米側に要求してはいますが、沖縄県民のことを考えれば、地位協定の見直しを含めてもっと強く米側に言わなくてはならない。ところが、敗戦国と戦勝国という関係が前提にあり、戦後はずっと米国に安全保障を依存してきた。こうした歴史的な背景がある。だから今も米国に強く出られないのです。

 もっといえば、米軍基地は日本国内では治外法権になっていると言っていい。たとえば、米軍機の飛行差し止め訴訟が在日米軍基地のある地域でいくつも起きています。日本の裁判所は、騒音被害とそれに対する賠償を認める判決は出します。それなのに、米軍機の飛行差し止めは絶対に認めない。賠償金を支払うのも日本政府です。

――全国知事会が2018年以降、在日米軍に航空法を含む国内法を適用するよう提言しています。国内法適用で米軍機の行動が制限されると、日本の防衛力に影響が出るでしょうか。

 ◆米軍機が日本の航空法に必ず従って飛ぶとなると米軍の能力は落ちます。できる作戦の範囲が狭まるからです。ただ、日本の航空法に従うことが決まっても、どうせ従わない。私はそう思っています。

 これは米軍が駐留する日本以外の国でもそうだからです。米軍はある程度のところまでは駐留先の国の言うことを聞き入れます。ただ、その先のところは何を言われても聞く耳をもたない。米国と米軍にとって不利益になると見なせばいくらでも約束を破ります。自国最優先なのです。

米軍の既得権益 そう簡単に手放さない

東京・六本木の米軍ヘリポートで、大学校舎(左上)やマンションに近い駐機スペース(Pマーク)から離陸する2機の米陸軍ヘリ「ブラックホーク」。日本のヘリポートの場合、安全のため着陸帯(Hマーク)で離着陸するよう定められている=2020年11月17日正午ごろ、本社ヘリから手塚耕一郎撮影 拡大
東京・六本木の米軍ヘリポートで、大学校舎(左上)やマンションに近い駐機スペース(Pマーク)から離陸する2機の米陸軍ヘリ「ブラックホーク」。日本のヘリポートの場合、安全のため着陸帯(Hマーク)で離着陸するよう定められている=2020年11月17日正午ごろ、本社ヘリから手塚耕一郎撮影

――六本木の米軍ヘリポートは戦後すぐ接収されたものです。米軍にとって今でも必要なものなのでしょうか。

 ◆横田や神奈川にある基地から幹部が都心に出てくるときは便利でしょうが、それ以外の重要性は特にないと思います。ただ、米側にとってみれば既得権益になっている。ヘリポートの維持費も日本政府が「思いやり予算」で出してくれるのです。そう簡単に手放すとは思えません。

 日本が戦争に負けたためにとられたものは多い。横田基地や沖縄の嘉手納、普天間飛行場もそうです。日本側が返還を求めても米側は絶対返さない。一朝一夕にいかないのは承知しています。ただ、私は米軍が日本国内にもっている基地はすべて返してほしいと思っています。

あおき・よしとも

 1954年札幌市生まれ。立教大卒。「月刊航空ジャーナル」編集長などを経てフリーに。テレビ番組や新聞紙上でコメンテーターとして活躍している。著書に「現代軍用機入門 軍用機知識の基礎から応用まで」「飛行機事故はなぜなくならないのか」「事故調査報告書が語る航空事故の真実」など多数。

【日米地位協定】

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