連載

ボランティアと私

大阪大大学院教授の渥美公秀さんと「ボランティア」について考えました。

連載一覧

ボランティアと私

/下 身構えず話し触れ合う 現地6回訪問、記者の実感 /兵庫

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
岩手県野田村の漁師、小谷地勝さん(中)と妻の陽子さん(右)と記者=岩手県野田村で2021年3月6日、韓光勲撮影
岩手県野田村の漁師、小谷地勝さん(中)と妻の陽子さん(右)と記者=岩手県野田村で2021年3月6日、韓光勲撮影

 2011年3月11日の東日本大震災時に、高校生だった私(28)はテレビで流れる津波の映像を大阪市の自宅で見ていた。悲惨な被災地の光景を見て、力になれることはないかと考えた。でも、大学入試に落ちた直後で、目の前の受験勉強を優先した。

 1年の浪人生活後に入学した大阪大の授業で教授の渥美公秀さん(59)による岩手県野田村への支援を知った。渥美さんは「ボランティアは、被災された方の話をただ聞くだけでもいい。現地にぜひ行ってみて」と話した。

 13年2月、大学のボランティアサークルが主催する野田村へのツアーに参加した。震災から2年近くがたち、泥のかき出しやがれき撤去など、分かりやすい力仕事はなかった。1泊2日の行程には野田塩の製造工場の見学や、仮設住宅での手芸とシイタケの収穫体験が組み込まれていた。

この記事は有料記事です。

残り1076文字(全文1425文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

注目の特集