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大学スポーツ365日

大学スポーツをめぐる勝敗を超えた友情、絆、伝統――。日々つづられるドラマに迫り、勇気と力をお届けします。

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ユニホームを脱いだ聖光学院・元主将の現在地 東洋大野球部

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先輩が練習する野球グラウンドが見えるスタンドで取材に答える内山連希=埼玉県川越市で、小川昌宏撮影
先輩が練習する野球グラウンドが見えるスタンドで取材に答える内山連希=埼玉県川越市で、小川昌宏撮影

 大好きな野球の世界で、どうしたら自分の力を一番発揮できるのか、考え抜いた末の重い決断だったのだと思う。「戦国・東都」と呼ばれ、学生球界屈指の強豪が集う東都大学リーグが開幕した今春、甲子園常連の聖光学院高(福島)から東洋大に入った1年生部員の姿は、神宮球場ではなく、埼玉県川越市の野球部合宿所にあった。ユニホームは着ていない。選手を支える裏方に転身していた。

 高校球児時代の丸刈りから髪が伸びた1年生マネジャーの内山連希(れんき、19歳)は黙々と、丁寧に、床のモップがけをしていた。クラブハウスや合宿所の掃除、足りない備品のチェック、電話番、館内放送など日々の仕事は多岐にわたる。

 試合がある日はインターネット中継の映像を録画するのが仕事だ。パソコンの画面には、同じ聖光学院出身で主力選手の先輩や、既に1年生ながら先発出場したチームメートの姿が映る。「楽しそうだな」と、ふとプレーヤーだった時の感覚がよみがえるが、2年生の先輩マネジャーの指導を受けながら「いろいろなことに先回りして気づける力が必要だ。選手のままだったら、こういう仕事を知らなかったんだな」と思い直し、必死に目の前の仕事を覚えている。

目指した「心の甲子園」

 甲子園、そしてプロ野球選手へ。東京都立川市出身で4歳から野球を始めた内山は、多くの球児と同じように夢を抱いた。聖光学院を進路に選んだのは「甲子園に一番近い学校」と感じたからだ。だが、福島県内外から有望選手が集まる環境で、自分より力のある仲間、さらには全国の強豪校にいる実力者の存在を目の当たりにした。自身は168センチと小柄で、これといったアピールポイントもないように思えた。それでも「野球をやっている限り(プロになれる)可能性はゼロではない」との思いで懸命に練習に励んできた。

 一つ上の先輩たちを中心とした世代が全国高校野球選手権で戦後最長となる13大会連続出場を果たした2019年。2年の夏が終わり、新チームになると主将を任された。秋の県大会は初戦で敗れ、春のセンバツが絶望的になった。最後の夏へ雪辱を期したが、猛威を振るう新型コロナウイルスの前に春に続いて夏の甲子園も中止が決まった。

 「何でこうなっちゃうんだろう」「無観客だったらできるんじゃないのかな」「一体何のために戦えばいいんだろう」――。当初は失意と困惑しかなかったが、この時の経験が、内山の今につながる、ある思いを抱かせるようになる。

 聖光学院野球部の横山博英部長(50)から伝えられた言葉が…

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