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東京へ ともに歩む

毎日新聞

陸上のジャパンパラ大会の女子100メートル(義足T64)で優勝し、笑顔を見せる高桑早生=高松市の屋島レクザムフィールドで2021年4月24日、藤井達也撮影

パラアスリート交差点

陸上・高桑早生「その先へ」 私が先を見据える理由

 東京パラリンピックの開幕まで16日で残り100日になります。2019年の世界選手権で4位以上などの条件を満たせなかった私は、出場内定を得ていません。選考委員会の推薦で出場できる可能性があり、それを待つ立場ということで気が抜けませんが、焦らずに、東京大会後も見据えてトレーニングに励んでいます。

     最近は3月に出場した2大会で結果を残せず、巻き返しを誓った4月のジャパンパラ大会も満足のいく記録ではありませんでした。悔しくて、情けなかった。

     調子が悪いわけでもなく、トレーニングを積めていないわけでもない状態で、ジャパンパラ大会に臨みました。100メートルに関しては「走り」が改良の途上ということもあり、好記録をマークしにくい状況です。走り幅跳びは3月の大会に比べたら内容の伴った6本でした。だが、時期が時期だけに、結果を出さなければなりませんでした。それができていないと評価されるのは仕方ないし、自分でもそう思います。

     まともな記録を出したかったという悔しさは当然ありますが、さっぱりしたというのも正直なところ。この夏の東京大会は目標の一つですが、自分にできていないことが数多くあると自覚し、一競技者として、もう少し長い目で見て取り組もうかと考えています。

     後天性の障害で、かつ不器用な私には用具を使いこなすまで相応の年数が必要なようです。競技用の義足や自分に残された左膝の扱い方をはじめ、時間や経験を積み重ねなければ獲得できない技術や感覚があります。以前は身体能力に頼ってがむしゃらに突き進んでいましたが、キャリアを重ねて知識を得た今は試行錯誤が増え、競技の奥深さと向き合っています。ここを越えたら、もう一段上の領域に行けそうな、そんな自信があります。

     東京大会が開催されるはずだった20年と、20代最後の年となる21年にバシッと決めなければいけないと、自らにプレッシャーを課し、焦りもありました。現役引退のタイミングだと考えていたわけではありませんが、今はもっと時間をかけて、自分と徹底的に向き合いたいと考えています。

     東京大会はもちろん大切ですが、その先も見据えたい。陸上の世界では年上の元気な先輩方がたくさん活躍しています。年齢は関係ないし、ピークがどこにあるのかなんて誰にも分からない。可能な限り追求して、一つずつ課題をクリアしなければ、たどり着けない境地があるはずです。

     12年ロンドン大会後から、自分は成長し続けています。自己記録の更新を目指しますが、それは過去を追い求めるのではなく、今やこれからの自分へと前進を続けた先に、つかめる結果です。今はまさに、新しい自分になるためのプロセスとして、課題に挑戦しなければいけない時なのだと感じています。

     東京大会の開催の行方は、雲に包まれているような感覚です。何も見えないところに向かって、やみくもに走るのはつらい。だからこそ、その先を見据えていこうと思うのです。=次回は8月掲載予定

    たかくわ・さき

     埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。慶大2年だった2012年、ロンドン・パラリンピックに初出場。15年世界選手権では走り幅跳びで銅メダルを獲得した。16年リオデジャネイロ・パラリンピックは同5位、100メートル8位、200メートル7位。NTT東日本所属。28歳。